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201.【11月26日】 ワークショップと子ども小屋

どんぐり学舎保護者の方々によって編成された

『群馬で本物の学力を身につける実行委員会』のみなさんが企画し、

親の学び場Manabounoさんとの共催で素晴らしい会場での開催が確定した

「本物の学力を育てる とっても簡単な方法」

というワークショップへの参加者を現在募集中です

講師は千葉のどんぐり先生、金森明先生です

わたしは、どんぐり学舎としてサポーターをしています

申し込み状況の報告をいただきましたが、

ありがたいことに、午前の部、午後の部ともに、定員40名まであとわずか、というところみたいです

さて、ワークショップの内容については金森先生にまるっきりおまかせのお楽しみ…

ただただ、どんぐりをよく知らないよ?学校での勉強に躓いているけど、原因がわからないよ?

などという方々に、特におすすめの内容になっています

勉強に関することで、親子でバトルになりがち…という方も

参加したら子どもへの関わり方のヒントが見つかると思いますよ

これから小学生になるんだけど…という、園児の親子さん、低学年の親御さんには

リアルタイムで家庭内で生かせる内容だと思います

 

さて、このフライヤーの中段あたりにある、

 

*託児はありませんが、キッズスペースを設けますのでご利用ください

        就学時は同席可能です(参加費無料)

 

という部分について、どんぐり学舎からお知らせがあります

 

日曜日で、開催場所が広い広ーい、自然溢れる公園!ということで、

ご夫婦、親子での参加申し込みを多く頂いています

午前の部、午後の部、どちらに申し込んでいただいても、

その前後で公園内のお好きな場所で、シートを広げてお弁当タイムが楽しめます

お弁当タイムの後で、

お散歩しながら、子どもたちがわくわくするような遊び場を

まわって帰っていただけば、充実した日曜日を過ごしていただけると思います

 

ただ、ワークショップの最中に関しては、この書き方だと「子ども参加費無料」と

積極的にお子さんの参加を促しているように読み取れる場合があるかもしれませんが、

実際にはそうではなくて、金森先生のワークショップは主に親御さん向けに構成されていて、

積極的にお子さんの参加を募っているわけではないということをお知らせしておきます

 

もちろん、親御さんの近くを離れられない、離れるべきでない年齢のお子さんに関しては、

会場内にキッズスペースを予定通り設けることになりますし、

親御さんのお席に一緒に抱っこで参加も自由です

お席が必要なお子さんには、できるだけ、席を用意する準備もしています

 

でも、小中学生のお子さんで、参加予定の方にはどんぐり学舎からの提案があります

 

現在、たくさんの「就学時の同席者」の数を目にして、どんぐり学舎の子どもたちは張り切っています

いろんなところから来るお客さんのために、「どんぐり子ども小屋」を設置して、

大人が勉強している間、一緒に遊ぼう、って企画を、私が提案したのです

 

場所は、大人が勉強している部屋のすぐ目の前の庭です

だから、親御さんのところに戻りたくなったらいつでも戻れる場所です

会場への出入りは、スタッフの誘導で、しずーかになら何度でもできます

ずっと一緒に子ども小屋で遊んでいられたら、大人のお勉強は、はかどることでしょう!

 

もちろん、子ども小屋でなくても、会場の外は遊び場だらけです

観音山ファミリーパークの案内を御覧になってください

 

子ども小屋は、企画から運営まで、子どもたちにほとんどを任せるつもりです

わたしと、スタッフの何人かは、周辺で見守りますが手や口は極力出しません

(あー、でも私は一緒に遊びたいから混ざってしまうかも…)

 

どんぐり学舎の子どもたちなら、きっと楽しんでこの仕事を全うしてくれる

そう信じて、現在、塾生さんの中で「小屋の番人」を募集中です

 

11月26日ワークショップ

大人はお勉強

子どもたちはどんぐり子ども小屋で一緒に遊びませんか

 

問い合わせ、お申し込み、お待ちしています!

 

11/2追記

午前の部、午後の部ともに満席になりました

スタッフはなんとか席を増やせないかと思案中です

せっかく問い合わせてくださったみなさん全てに

一緒に学んでほしいから

《2017年 10月30日投稿》

18.生きているということは考えているということ

父は幼い頃から今と変わらない口調で

今思えば結構哲学的な(?)話をわたしにしてくれました

一緒にお風呂に入れば、なぜ水はあふれるのか、水はどこへ行くのか

友達とトラブルを起こせば、なぜ人は生きるのか、人と生きることをどう受け止めるべきか

考えなくなったら人間ではない

なんにせよ、よく考えなさい

考えた結果、決めたことならそれが自分の生き方なのだと

 

食卓で話題にのぼった事柄から

国語辞典や百科事典が食べ終わったお皿をどけて占領することもしばしばでした

父は鉄道員で

旅をする仕事でしたから、

旅先(仕事先)の土地の話、気候の話、お客さんや、いろんな土地から集まる職場の人の話、

「ねえねえ、あの話、もう1回して」と頼むほど、

そして、今でもいくつかのエピソードは覚えているほど、

父の話はこどものわたしには鮮烈で、そして楽しみなものでした

 

昔から、そして今でも、政治に深く興味を持っていて、

常に厳しい目で我が国の政治を見つめてきました

選挙権を持つ前から、それが国民として当然のことだと教えられてきましたが、

父は自分の思想を押しつけるのではなく

常に「自分の頭で考えて、自分の意見を持て」と念を押してきました

そして、真っ向反対の意見の人との議論の大切さも、常に語っていました

これが正しいのだ、こうせい、ああせい、と押しつけてくることはなく、

ハーバード白熱教室のサンデル教授のような

解答は出さずに多方面から考えさせるという話の展開が

子ども相手でもいつものことでした

いつも井上ひさしさんの『不忠臣蔵』を例に挙げ、

一方的な見方で決めつけて認識してしまうことの怖さと

真実はどこにあるのかを追求する大切さ、おもしろさ、を教えてくれてました

 

考え方の癖というのは幼い頃に身につくのでしょうか

それともDNAなのか、わたしはいつからかすっかり父と同じように物事を考える癖がついていました

疑問を持って考えたり、調べたり、深く首をつっこんだりすると

今まで見えなかった事柄が次々と出てきて、

生き方や、家族、仕事、仲間とのつながりにおける自分のありかたの選択肢が

どんどん増えるのです

 

みんながこうだからこう、

みんながしているからする、

あの人が「正しい」と言ったから正しい、

テレビで言ってた、偉い人が言ってた、本に書いてあった、国が決めた…

正しいか間違っているかではなく、自分の頭で考えたかどうか

考えて、選択して、生きているかということ

 

なにも考えないでも生きていける便利な世の中で

その激流に巻き込まれ、流されずに(適度に流されつつ…)生きていくことは

ちょっとつらい時もあるけれど、でも、だいぶ快適なのです

なにより、「生きている」という感覚が強いです

 

中学生を主にみていた時期が長く、塾なんてそもそも不要だと

塾講師をしながらもずっと思っていたわたしですが、

小学校低学年から「勉強がきらい」と言う子が増え、

中学生になって全く自分の頭で考える方法を知らない子が増え、

もっと知りたいと食らいつき、尋ね、自ら調べる意欲のある子はどんどん減っていく

いったいなんなんだろう、

子どもたちをとりまく環境はどうなってるんだろう、

学校で勉強して、さらに塾で勉強して、

それでも勉強は苦痛で、それでもやらなきゃいけないと強迫観念に押されているかのよう

 

目の間にいる子たちを救いたいという思いはずっとあったけれど、

どんぐり倶楽部の糸山先生の理論を知り、確信したのです

子どもたちがなぜ始めたばっかりの勉強を嫌うのか、

中学生がなぜ考える頭を持っていないのか、

しっかりと、理由がわかったのでした

 

そしてわたしがどんぐり学舎という小さな教室でできること、すべきことも

はっきりとわかったのでした

考えて考えて、迷って迷って、間違って、戻って、泣いて、笑って

まだまだ続くけれど、今目の前にいる子どもたちと共に

わたしは生きているんだ、と実感するのです

《2013年 7月8日投稿》

12.心へと続く道

この文章で

どんぐり倶楽部のすべてが説明できる気がします

初めて読んだ時は涙があふれて止まりませんでした

10年かかって、糸山先生の本当に言いたいことがわかった気がしました

 

歩きにくい道をあえて歩かせることが

どんなに大変なことか

となりに、きれいな舗装された道があったとしたら

それもまたどんなに大変なことか

大人になってしまうとわからなくなってしまって

でも

あえて歩かせたその道がその子に教えてくれること

舗装された道では学べなかったこと

それを思えば

大人として

どう導いてやるべきか…

 

草思社『12歳までに「絶対学力」を育てる学習法』

糸山泰造著

最後のページより

《2013年 6月20日投稿》

4.シュタイナー教育との関連性

小学生の頃ミヒャエル・エンデに夢中になり、

今でも書斎のデスクの背後の棚に全集を並べて彼に包まれるようにして仕事をしています

高校生の頃、倫理の授業で、哲学的な観点からエンデを調べてレポートを書いていたら

エンデが「シュタイナー教育」というのを受けていた時期がある、と知りました

高校生なりに今度はルドルフ・シュタイナーとシュタイナー教育について調べていくうちに

何から何まで興味深く、胸が躍るような心地でした

シュタイナー教育がどんなものかは、ここでひとことでは説明できないのですが…

独学の後、通信講座を受け、その後我が子を授かり、実体験としてのシュタイナー教育の世界へ

子どもをとりまく環境の大切さ、わたしたち近くにいる大人の一挙手一投足がいかに影響するのか

毎日、赤ちゃんとの貴重な日々を大切に過ごしました

わがや流のシュタイナー育児の例を紹介するならば、

テレビがないのと、完全布おむつ、電子音・電動のおもちゃはなく木のおもちゃ、

布や木ぎれがおもちゃ、精巧な人形など、想像力を要しないおもちゃもありません

一見無表情で、シンプルすぎるくらいの人形が一体

小学生になった今でもわが子達にとってナンバーワンのその一体がすべてを物語っています

室内でも車内でもCDなどはかけず、ゲームもありません

遊びに出かけるとしたら野山や海、川で、人工的な施設には行ったことがありません

あ、スキーはします

庭をナチュラルに、かつ大事に育て、季節の変化、動物や虫、植物など自然への畏敬の念、

食物への感謝、いちいち説法はしませんが、

日々の暮らしのなかでできる範囲の、そもそも親として自分の感覚的なものでしかないのですが

難しいことはわかんないけどこういう感じが好き、というのが合っていたのでしょうか

ふんわりと、やんわりとやってきたシュタイナー育児です

だから、糸山先生のサイトで「シュタイナー教育」という文字をみつけたときには

本当に、本当に、びっくりしたのです

どんぐり倶楽部とのつながりは、糸山先生のサイトで確認してください

小学生まではシュタイナーだ!と糸山先生は話しています。

もちろん、独自のメソッドを開発した方ですから、

まんまシュタイナー全部肯定!というわけではないようです

でも、小学校、特に9歳の壁、というわたしも若い頃から実感していたあの壁が

シュタイナーのいう最初の7年期とほぼ重なるような

我が子の7年期を見守っていて気づいたこととほぼ重なるような気がするのです

不思議です。

どこから、どこまでつながっているのでしょう!

《2013年 6月5日投稿》

1.『絶対学力』との出会い

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進学塾でのスパルタ方式、

個人塾としてののんびり方式、

もっと伸ばせたんじゃないか、

もっとすくい上げられたんじゃないか、

もっと自立した学習法を身につけるヒントをあげられたんじゃないか、

塾講師として10年近くがたったころ、

第1子を出産してちょっと立ち止まったわたしの目にとまった1冊の本

『絶対学力-9歳の壁をどう突破していくか?-』

強烈なタイトル

絶対値、絶対評価、絶対数などの[絶対]であって、

絶対に学力が必要だとかそういう意味じゃないことは副題からわかりました

そう、9歳の壁…

小学生から預かった子が中3で卒業していくまで通して見ていくことができる塾講師だからこそ

この壁の存在はわかっていました

ひきつけられるように手にしたこの本が

わたしの塾講師としての生き方に大きく影響しました

やっぱりそうだったんだ

わたしが思い悩んだ10年弱

やっぱりその悩みには理由があり、解決方法があったんだ

著者糸山泰造氏についてもっと深く知りたくなり、乳飲み子を抱えたままわたしは

できるかぎりの独学で、糸山先生と、どんぐり倶楽部について知ろうと努力しはじめました

もちろん、その間も自身の生徒を抱えていました

糸山先生の著書に触れ、ものすごくごった返していて読みづらいホームページに触れ(笑)

段々と、わたしの中にあった指導法への悩みや迷いが、

安定した確信に変わっていくのを感じました

わたしの言いたいことを活字にしてくれてる!研究して、経験して、きちんとしたメソッドとして、理論として、

確立されている!

わたしの進むべき道が見えた気がしました。

《2013年6月4日 投稿》