カテゴリー「どんぐり問題」の25件の記事

196.天才…算数が見える子どもたち

解けなくてもいい

マルじゃなくてもいい

問題を絵図にして、一生懸命考えたのが見たいの

何度そう言っても、なかなか理解してもらえず、

たびたび親御さんの説得にかかるどんぐり学舎いずみです

何年かよっていても、まだまだ「マル」を求める子がいて、

それは、

なぜなんだろう、と考えてみると、やはり、

親御さんからの「圧」をちょっと感じる例がちらほら…

「今日はできた?」「ちゃんと解けた?」「どうしてできなかったの?」

と、帰り道や、家でクロッキー帳を開くと、言われるらしいのですが…

 

わかるわかる、焦りますよね、マルがいいですよね、そんな簡単なことを!?と

やきもきしますよね

でも、違うんです

そもそも、その根本を変えないと、子どもは伸びません

断言。

萎縮した状態で、才能が伸びると思いますか?

親に怒られないよう、親に褒められるために、とり繕って努力して、

どこまで伸びると思いますか?

逆に…成長を抑えてしまっているかもしれません

 

はたまた、

なんだかどんぐり式(仮称)を

「勉強なんかできなくてもいい」って勘違いされている方がまだ多いようですが、

それはもしかして、自然遊びとか、宿題制限とか、

そんなことからそう思われてしまうのかもしれないけれど、それは違って、

…私は、塾業界に長いこといて、

知っているんです、「勉強なんかできなくてもいい」って言っている人の多くが、

本当はそんな風に思っていない、そんなのきれい事だってこと

かくいう私も言うんです

「勉強ができることより大事なことがある」って

本当に思っているし、何度も口にしたことがある言葉です

勉強ができることより大事なこと?それは心が豊かなことです

人に優しく、自然に優しく、あらゆることを、自分というものを、よく考え、知ろうとする

そんな風に心が豊かなら、それは、賢さも兼ね備えているということだから

心が豊かなら、ある意味、勉強面、人生面でも心配ない、と言えるから

(逆に、勉強だけできて、心が育っていないと最悪なんです…

いませんか?周囲にそういう、学歴だけを武器に生きている頭でっかちさん…)

 

11月26日(日)どんぐり学舎保護者有志が千葉のどんぐり先生金森先生のWSを高崎に呼んで、

主にどんぐり式(仮称)をよく知らない人、まだ納得しきれていない人に

呼びかけて集めようとしています

私もサポーターとして手伝っています

保護者有志は実行委員会を結成してこれからも仲間を増やして楽しくやっていこう!と

意を決しています

その名も

「群馬で本物の学力を育てる実行委員会」

各地で、糸山先生や、金森先生を招致するための実行委員会が結成されていますが、

その名に倣ったのもあるし、むしろ私は、結局はっきりとこの言葉を使うことが、潔いと感じました

「本物の学力」って?

そう、どんぐりは「勉強なんかできなくてもいい、元気ならいい、子どもらしければいい」と

いうものではありません

糸山先生ははっきりとおっしゃています

「天才児が育つ」と

だから私も生徒たちに言うのです

「ここは天才児が育つ場所。この問題は天才児が生まれる問題なんだよ~すごいでしょ~」と

はっきりと

 

不思議なもので、タイムをはかるでもなく、びしびしと教え込むでもない、この方式、

そして、

最初に書いた「解けなくてもいい」「マルじゃなくてもいい」という言葉とセットでなげかけると、

子どもたちはそんな私の変てこなエールも笑い飛ばしてくれます

笑顔の中に、少しの自信も見えます

だって、マルじゃなくたって「いい絵だ!」「ほほーー!」「はなまるつけたい!!」って

私はいつも笑顔で

ほめちゃうんだから

 

そんなどんぐり天才児の昨日の2問をご紹介

 

まずは2年生女児 どんぐり歴2年

2MX49 小問の3番

                          (泉代筆)

2年生、現時点で、そもそも足し算も引き算も2桁か、多くて3桁まで習ったかどうか

そしてまだ見たことのない(かっこ)

1番と2番で、4桁の筆算をクロッキー帳いっぱいに一問ずつ見事に解いたこの子

「何桁に増えても同じだねえ」といいながらマル

そして、3番、見たことのない、(かっこ)

ちょっとだけフリーズしている彼女に、一応、尋ねました

「これって…どういうことだか、わかる?」

「べつべつに計算するっていうこと…?」

うんうん、わかっていました

「うんうん。そう。守っているってこと」

「うん、わかった、やってみる。」

そうかーー

初めて見る記号にも動じないんだなあ~と感心

お見事でした

 

そして4年生男児 どんぐり歴3年

「これ、まだできないですよねえ?」

先週4MXを渡したばかり

早速挑戦したいようですが、1問目でいきなり計算問題!?

                           (泉代筆)

4年生、分母の違う分数の計算も、分数と小数の掛け算も「習っていません」

でも、

「これはどんぐり問題だよー」と言うと

解き始めました

そして、彼の答案はこんなようなものでした(代筆で申し訳ありません)

どんぐり問題は、絵図で解く

そのルールにのっとって、「習っていない」計算は

あっというまに答えが目に見えるものになりました

 

分数の計算ができない高校生や大学生がいるとか、

みんな塾や計算教室に行っているのに数学ができないとか、

そこらじゅうで聞きますが、

小学生時代にこんな自由な発想で問題を解く経験がたくさんできたら、

中学からの数学も楽しめるだろうなあ!と思いませんか

 

数年後には、こんな問題に立ち向かうのです

基礎の計算練習を繰り返している場合じゃないのです

こんな問題に立ち向かう頃になっても、

好奇心も意欲もそのままで、

間違ってもとにかく挑戦してみようっと!なんて子に育っていたらいいな~って

思いませんか?

 

子どもはみんな天才です

大人が邪魔さえしなければ

邪魔って…なに?

わからない人は、一緒に勉強しましょう!

心も、頭脳も、限りなく豊かで、健やかな天才児を育てましょ

《2017年 10月5日投稿》

193.おうちどんぐり

どんぐり学舎では、夏休みのはじめに、子どもたちに「おとな問題」を選んでもらい、

それを専用ケースに入れて家に持ち帰ってもらいました

 

もちろん、いつも教室で使っている、自分用のどんぐり問題ケースも一緒に

 

どんぐり問題は、

糸山先生が

「ひとり親、こども3人、の状態でも豊かな思考力が家庭で身につけられる」という想定の下、

開発なさった問題です

実際少しだけ取り組んでみた大人の方が、

そのナンセンスな(子どもが好む…)文章に抵抗を感じたり、

理路整然と(わざと)していない文章に戸惑ったりするのも、

全て糸山先生には想定内です

これは、

700問全てを解いたら全て理解できることですが、

なかなかそこまで検証してみる大人の方はいません

(先日、そういう方に会いました!全てわかっていましたよ!少し話せばわかります)

そこまで検証してみないで、

自分のしてきた勉強法とあまりに違う、という抵抗感からか、

どんぐり問題の奥深さに気づかない方も多いです

 

だから、実際に解いてみればいいのに、といつも思っています

どんぐり教室に通わず、自宅で進めている親御さんの場合、

子どもが解いている傍らで自分も解くのが理想なので、

自分用の問題を購入して一緒に解いている方が多いです

だから、そういう方は子どもと同時か、子どもより先に、

「そういうことだったのか!」と理解するのです

教室に入れていると、

なかなか自宅でどんぐり問題に取り組むチャンスがないですよね

だから、この夏、お試しを提案してみたのでした

 

さて、どんぐり学舎の保護者の方は、この夏、どのような体験をしたのでしょうか

夏休みが終わると、子どもたちは御家族の解いた答案を

にやにやしながら私のもとへ持ってきました

別に、私は、親御さんたちの思考力を要請しようとか、添削しようとか、

そんなことは思っていないので、提出義務はないのですが、

律儀にもちゃんと、提出してくださった方の分はしっかりと見せていただきました

解いてみたけど、提出するのは気恥ずかしい♪という方もいて、

正答を書いて渡しましたよ

気になる方はそのようにしますので、ご一報くださいね

 

それでは、おとなどんぐり作品集、はじまりはじまり…

 

たくさんの「おとなどんぐり」を見せてもらって、

感激しました

これらの作品はほんの一部です

お母さん、お父さんだけでなく、

県外のご実家に帰省した際におばあちゃんと一緒に解いたもの、

中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんと解いたものも混ざっています

 

中には、夏休み中に、自分のクロッキー帳を購入し、

なんと、58問!ものどんぐり問題に挑戦したお母さんも!!!

そのお母さんからの感想として、

  考えるのを先に持ち出し、最初から数についての絵を描こうとすると

  解けなくて、

  原則に従って本筋とは無関係ないのでは?と思えるようなイラストから丁寧に描き出すと、

  不思議と解けました

とのこと

問題を解くのが楽しくなってきて、

子どもが声をかけても

「ちょっと待ってて」と思わず言ってしまうほど集中してしまった、とのこと

 

どんぐり問題の魅力というか、魔力というか…

うんうん、よーくわかります、その気持ち

 

なにごとも…

まずは自分が体験してみるというのは大切なことです

いま、全国行脚している金森先生のワークショップでは、

別の切り口から子どもの思考力に迫ります

糸山先生のどんぐり理論に基づき、

金森先生がご自身の体験から気づいたこと、

独自の伝え方で、子どもの置かれている環境、勉強法について迫っていきます

ワークショップですから、参加者自身が、子どものしていることを疑似体験できるような

そんな内容なのではないかと想像しています

11月26日(日)

高崎に金森先生のワークショップがやってきます

どんぐり学舎のパパママ有志グループが、いま、金森先生を迎える準備をしています

 

どんぐり問題なんて知らないぞ、

なんのこと?

っていう方にたくさん来ていただきたいです

そして、イマイチこの理論や、

現在の子どもの置かれている環境がどうの…と言われても…と

腑に落ちない方にもたくさん来ていただきたいです

 

そして、どんぐり学舎の保護者のみなさまには、

お子さんを通して私が伝えているメッセージをぜひ、真正面、うけとめていただきたいです

 

お子さんの目は、

かがやいていますか

 

どんぐり問題にご自身で挑戦してみたときの、

お子さんの表情はどんなでしたか?

私が子どもだったら、嬉しいなあ

 

お子さんをそんな気持ちにさせてくれる保護者のみなさまのこと、

本当に心から安心して見ています

 

忙しくて、それどころじゃなかったな、という夏休みでしたか

どんなに大人が忙しくても、

子ども時間は守ってあげてくださいね

《2017年 9月12日投稿》

184.なぜ、子どもに腹が立つのか

このせわしない世の中のせいで、

昔から変わらない人間の生物的成長、つまり、子どもの発達や成長にも

なんだか「いまどき」のそぐわぬスピードでプレッシャーがかけられ、

「このままでいいのかしら」

「なにかしなくては」

と、多くの親御さんが焦っているのを感じます

 

小学校に入るとすぐに、教科書が配られ、それに沿った授業が展開され、

単元ごとにテストがあって、予定通りに進んでいないと、

「お子さんは心配な状態にあります」と指摘されます

自然派園出身の親子ならなおさら、

その指摘にどっきりしてしまって、「どうしたらよいのでしょう!」と慌てた経験もあるのでは

 

糸山先生の講演の中で、

「なぜ小児科があるのか?」というお話がありました

年齢によって分けているのは確かに、一般的には小児科だけです

それは、

「幼児期にはマイナスの要因が多くあるから」ということでした

たとえば薬剤の使用法、大人と違って、小児には特別な配慮が必要

何をほどこすかじゃなく、何を取り除くか

それは、教育でも同じで、

幼児期に何をあたえるか、させるか、というプラスのことではなく、

何を与えるべきではないか、させるべきではないか、と

マイナスの要因に注意する、ということが重要だということを表しています

 

溢れる情報と時に根拠のない口コミと世相のふらつきのせいで、

世の親御さんたちは迷い、悩み、なにかしなくては、という衝動にかられます

それも、自分が自分のためになにかしなくては、ではなく、

子どもになにか「させなくては」という方向に向かうのです

 

何かが動き出す度に、「あーあ…まただ…」と

私は何年も、何十年も、変わらない思いを抱いたまま、ため息をつくのです

 

子どもは変わっていません

ずっと、ずーっと前から

親御さんには目の前のお子さんしか見えていません

自分の子と、その周辺の子のことが見えているでしょうけれど、

私には、ずっと定点観察してきたたくさんの子どもたちの姿が目に焼き付いています

どうしたら信じてもらえるのでしょう

どうしたら、子どもの育ちを待ってもらえるのでしょう

これは

クロッキー帳7枚に渡って解いた作品

2MX75

いつもは…1ページにちまちまと…薄く、読み取れない絵や字を書くこの子

夏休みに入り、文字が大きくなって色がついて、ページ使いも大胆に…

1学期、いろいろあったね

御両親が、この子のために噛みしめた悔しさと、こらえた涙と、

そして、行動に移した勇気は絶対にこの子に伝わりました

まだまだ、雑かもしれない

大胆…すぎるかもしれない

でも、

何かが変わった?

…そもそも、何かが変だぞ…と気づいたのもどんぐり問題からでした

何かあったのかな?

そんなことも表れる不思議な問題です

 

お宝発掘の1問

3MX54

前回とはがらっとかわった方法で解きました

絵を操作すること…やじるしの効果

わかってきたな、という高学年スタートの6年生

1MX11を正確に解いたのは2年目の2年生

行き詰まった時、わかんないとき、「お宝にする~」と持ってこられるようになるのも

大切なこと

「わかんない」って言葉をつかうと思考が停止するって、糸山先生言ってたよ、と言ったら、

「やばいやばい!つかわないどこ!」ってみんな焦っていたね

大丈夫

「お宝にする」って言えばいいんだよ

でも、

私とじーっと未完成の絵を見ていたら、「あ!」と書き加えて、お宝のはずが、正解へ

絵を描くのも、文字を書くのも、きっと嫌いじゃない6年生の女子

2MX74

情報が集まらないのと、ちょっとした読み違いが玉に瑕だったけど、

ここのところ、整然と描くことに徹しています

ゆっくりでいい、卒業までに、いろんな問題を味わおうね

一度お宝に入りかけて、もう1回考えてみたら、ただの勘違いだったね

自分で気づけて、えらかったよ

最後は年長さん女児の作品

女の子が大好きな、うさぎのおべんとうやさん問題 0MX26

お弁当はショーケースか、棚のようなものに並んでいます

水色の線は、「お弁当箱につけるゴムバンド」なんですって

説明してくれました

男の子と、女の子かな、ふたりで4本の人参を持って、

お弁当をひとつ買いに来たようです

ところが

「5このおべんとうをかうとするとにんじんはみんなでなんぼんひつようでしょう」

ですって!!

さあ、大変…

年長さんは読み聞かせ方式ですから、

私は全ての問題を読み終えるとその場を離れます

見ていないふりして、少し遠くから、見ています

お弁当の並んだ棚…

4本の人参…

じーっと見つめていました…

時々頭が動くので、「もしかしたら、頭の中で考えているのだろうか」と予想はしていました

少し前まで、こんな時、どうしたらよいかわからなくなって

泣きだしてしまったり、

凍り付くようにじーっと硬直してしまったり、

そんな様子だった彼女ですが、

くるりと私をふり返って、

「わかんなくなっちゃったから、かいてもいい?」って聞くのです

…ああ、

描いて考える、ってことを、これまで3ヶ月、言い続けてきて、

時には手本も見せたりしてきましたが、

やはり、その子によって、それをつかむタイミングは違うんだな、と愕然としたのです

「もちろーん!描いてみてごらん」と言うと、

ばばばっと色鉛筆を持ち、一生懸命人参とお弁当箱を描き足し始めました

人参を描いては数え、うううん、なるべく並べて描いていますね、数えやすいようにかな、

そして、お弁当箱を描いては数え、

ついに、5つのお弁当箱と、20本の人参を描き終えました

「わかったよ、じゅうろく!」とクロッキー帳を抱えてわたしのところに来ましたが、

絵は確かに20本…

「おやおや、そうかい。じゃあ、もう一回一緒に数えてみようか」

「うん!いーち、にーぃ、さーん…」

「…」

「……にじゅう!あ!にじゅうだ!」

もちろん、数字もまだ書きませんから、言葉で「にじゅう」と言ったから、

わたしがうすく20と書いて、

「にじゅう…ぼん?」ってふざけると、「にじゅっぽん、でしょ!」と笑いました

おおー!もうすでに、ほん・ぼん・ぽんを使い分けるんだね~なんて当たり前のことに感心

この子の御両親も頑張っています

よくわかっているから、指摘すべきことがあるときは本当につらかったです

ただの友達や、知り合いなら、

「大丈夫だよ、考えすぎだよ、いい子に育ってるんだから、いいじゃない」で済みます

 

言いにくいことを伝えた後、

汚い言葉ですが、逆ギレされたり、または、泣いて落ち込まれたりして、

この仕事をやめようかと何度も思いました

それか、授業料さえ払っていただければなんでもござれ、のおせっかいなしのただの塾を

淡々と経営すればよいのか…?と自問自答もしました

 

でもね、待つことにしたんです

わたしも

私は、ここで、やるべきことをしっかりやるしかない、ってね

それしかできないんですから

それが私の仕事なんですから

 

糸山先生の質疑応答講演の時に、気になる発言をした方がいました

「お子さんの思考力を育てたい、っていう親御さんたちご自身が、

思考力をもっていらっしゃるんでしょうか?」と

糸山先生に直接こたえていただけるチャンスを逃すまいと、みなさん一生懸命、

子どもの現状に関する質問を投げかけていた時でした

 

わーー

キツイなあ…と感じつつ、でもまあ、それもそうなんだよ…と心のなかで独り言

子どもに勉強してもらいたい、さて、親は勉強しているか?

子どもに本を読んでもらいたい、さて、親は読んでいるか?

子どもに優しい子に育ってもらいたい、さて、親は優しくしているのか?

子どもに豊かな思考力を備えてもらいたい、さて、親は…

 

子どもに何をさせるか、なんて考えずに、

まずは自分が学ぶことを

自分が変わることを目標に

その方が、実は簡単です

だって、私たちは大人なんですから

一生懸命子ども(自分じゃないひと)のことを考えているのに、

何の変化もない、何の進化もない、そんなむなしさったらありません

だから、子どもに腹を立ててしまう

期待しているからなんですね

それよりまえに、自分を見よう、という話でした

子どもたちは、親に変わってほしくて、あの手この手で働きかけたり、しないでしょう?

ただ、ただ、一緒にいてほしくて、

一緒に笑っていてほしいだけなんじゃないかな

 

ここんとこ多い、「子どもに腹が立ってしまう」という相談を受け、

私が考えていることでした

《2017年 7月27日投稿》

183.習ってない、って言わないどんぐりっこ

新しい子が教室に加わると、

少し前から通ってきている子も、ずいぶん長いこと通ってきている子も、

私が言わなくても自分たちで教室のルールだの、どんぐり問題のルールだの、

要所要所で伝えてくれます

そんな中、慣れてきた子がほとんど言わなくなるのが

「習ってない」

という言葉です

そういう言葉を誰かが言うと、

「習うもんじゃないもん」って誰かが言い返します

「自分で好きに考えればいいんだよ」と誰かが補足します

みんな、みーんな、どんぐり先生だね

 

IF法を知ってからは、漢字なんかむしろ、習ってない方が燃えるみたい

「よっし、形は覚えたぞ、そいで、これってなんて読むん?」みたいな…(笑)

分厚い漢和辞典をバッグに忍ばせてきてくれた子もいました

より複雑な漢字を探そう、ってね

お家で、お父さんと、三十画の漢字をIF法で覚えたよ、って報告してくれた子も

教室で覚えた「鬱」って字を、家の壁に貼ってるんです~ってママさん

うちは「薔薇」って書いてましたよ、という別のママさんの話を聞いて、

「鬱」より「薔薇」を貼ってほしい…と苦笑

 

みんな、みーんな、もう、どんぐり先生以上だね

 

さて、昨日は5年生が「分母の違う分数の計算」をやっていました

計算練習じゃありません

どんぐり問題です

5MX58 「ゆっくり正確に次の計算をしましょう」という、どんぐり問題です

5年生男児、迷わず絵を描いて解きました

分母の異なる分数の計算は5年生で習いますが、まだ1学期が終わったところ、

だから、「習っていない」のです

でも、言いませんよ、「習ってない」なんて

5MXに入っているなら、糸山先生は通分を習ったあとに解くべし、と

この問題を入れたのか、と思うかもしれませんが、

解いてみるとそうじゃないんだな、とわかります

どういう意味の絵図だろう…と黙って見つめていたら、自分から解説をしてくれたので、

私には、どうして答えが出たのかはわかりました

みなさんにはわかりますか?

同じ問題を、別の小5女児が解いたものがこちら

もちろん、この子も「通分」なんて知らないんですけれど、

1・1/3の絵と、5/6の絵を描いてみたら、

1・1/3は8/6だなあ、って気づいて、じゃ、8/6に変えちゃおうっと、

と思ったんですって

で、

3/6が残った

3/6を絵にしてみたら、あら、1/2じゃないの、ってことで、やっぱり1/2にした、

と言うのです

じゃあ、3/6と1/2は同じってことなんだね、と話していました

おんなじだよ、だってほら、と絵を指さして

この女児が、4年生の時に解いたのがこの分数計算

4MX00 基本計算

やっぱり絵で解いています

当然です

「通分も約分も習ってない」のですから

 

かつて、進学塾に勤務していた頃、

小学生の算数の難関は「通分」でした

分母が違う分数の足し算と引き算を、いかに定着させるか、

本部からは大量の計算練習をさせるカリキュラムが出されていました

当時から、算数のわからない子には絵に描いて説明をしていた私ですが、

初めから数量感覚のない子には、いくら絵で説明しても理解してもらえなくて、

結局は、反復練習でたたき込み、「覚える」方法しか「点数」を取らせる方法はなかったのです

その様子は、

とてもとても悲惨なものです

理解していないのに、大量に練習して、覚えるしかない、という状況

体で覚えるまでたたき込め、という方針のもと、

私は時々それでも、「わかっているのかな?」と確認もするのですが、

わかっていようが、いまいが、やるしかない、繰り返すしかないのだ、と子どもたちは必死でした

覚えないと、点数がとれないから

覚えないと、親に叱られるから

中学受験を目指す子など痛々しい程でした

普通の小学生と違って、入試を控えているのですから、

とにかくたくさんのことを「覚える」しかないのです

 

分数を絵で考えて計算までできるということは、

分数ってやつがいったいなにものなのか、分かっているということです

なんのために分数があって、どういう時に分数が役に立つのか、

そして、分数同士を足したりひいたりするってどういうことなのか

たくさん練習しなくても、

覚えようとしなくても、

彼らは自分で考えて、自分で理解しました

 

それでも学校で分数の通分の単元に入れば、

大量に練習をさせられ、宿題も出されることでしょう

そんな時、せっかくつかみとったこの感覚の芽は、摘み取られるでしょうか、それとも

しっかりと残るのでしょうか

 

この体験があっての教科書での「通分」と、

ない場合とでは、大きく違ってきます

なにも、どんぐり問題からだけではなく、日常生活は数量感覚であふれています

盛りつけたご飯の量、

コップに注いだ麦茶の量、

雨の日のあとの川の水量、

見上げれば雲量、

旅行のあとお母さんが嘆く洗濯物の量、

お兄ちゃんが合宿に行っている間はおかずがいつもの半分、

お父さんがダイエットのためにご飯を1/3に減らして、だってさ

…なーんて

ごろごろ転がっている、数感覚の準備学習

 

まずは大人がその感覚を呼び戻しましょう

いちいち「これは数量感覚によいかしら」などと考えなくても大丈夫

子どもと、同じものを見て、感じたことを言いましょう

あー、いつもより少ないね

あー、去年の2倍も渋滞してるね

夏休み、旅行に行くならできるだけカーステレオはオフにして、

車窓から見えるいろいろなことを一緒に味わいましょう

大人同士で、話すこともよく聞いています

ちょっと難しい話をしたって大丈夫

内容と言葉遣いには気をつけて(子どもの前だけではね)

 

分数を最初から絵にしてあるカードが流行しているようですが、

私は、やっぱり自分で描く工夫が必要だと思っています

知育にいかにもよさそうなものほど、

実は最も重要な部分を補いすぎていて、逆効果になっているものが多いです

親切なのも、作成者の知能が高く、素晴らしいのもわかるのですが

子どもはもっともっと原始的なものから学びとります

木の枝でいい、

砂の山でいい、

空の雲や、風でいいんです

《2017年 7月22日投稿》

179.ギャラリー 2017.6.13

フェイスブックに時々載せていた、私の心が震えた作品集

今後はできるだけ、ブログの方に掲載することにしました

 

※フェイスブックで友達申請をしてくださった方へ※

なりすましや、間違い申請を防ぐため、メッセージのない申請には

お応えしていません

申し訳ありません

 

0MX70

しっぽに てっぽうを つけている さるが どうぶつえんから にげだしました。

てっぽうには 15はつの かみで できている たまが はいっています。

3ぽ あるくたびに 1ぱつの たまを うつとすると、なんぽで たまは

なくなるでしょうか。

描かれていることがら

●おり

●おりから逃げ出したサル

●しっぽに黒い鉄砲

●15発の玉

●たくさんの「3」と「...」

工夫していることがら

●サルがおりにつかまって、ちょっとにやけている…(逃げてやったぜ!みたいな…)

●しっぽの鉄砲に「15発の玉が入ってる」ということを、囲みと矢印で示している

●3歩歩くと1発打つ、ということを、数字で考えようとしたが、

 よく見ると細かく点が打ってあって、 ちゃんと45歩を数えた形跡がある

●答えは「45」と書いてありますが、薄くわたしが「ほ」と書いています

 まだ文字や数字を厳密に指導していません

 桁も習いたてで、学校ではここまでの大きな数はまた扱っていませんが、

 数えれば「45」だとわかったようでした

 正しく言って、書いてやり、子どもによってはその字をなぞります

 

G0-2

年長の2月から始めた現在小学校1年生

始めてから1年3ヶ月経過

問題は読み聞かせ方式

私が読んだところまでを描いていきます

私の顔を見ながらふむふむ、と聞いていて、

「えーっ」

「そりゃ、やばいよ!」

「なんだ、紙かよ」

とか突っ込みながら楽しそうに描いていました

この日、もう一問も含め、この子に変化があったので本人に話しました

「ねえ、今日はいつもと違う点がある。なんだかわかる?」

「……??」

「いつものA君じゃない。なんか、パワーアップしてる。」

「…ぜんぶ、絵にしたこと?」

「それもそうだけど、でも、違う。」

「なんだろう…」

「あのね、いつも

  “えーっ!そんなにたくさん描けないよ!”とか、

  “めんどくせ~”とか、言うのに、今日、いっこも言わなかったよ」

「!!」

本人、気づいていなかった!とびっくりした表情で、

でも、

「えらかったね。すごいや。パワーアップしたんだね。」というと、

誇らしげな、大人びた、でも、透き通った真ん丸の目をくるくるさせて微笑みました

とっても丁寧に育てられたお子さんです

私を見つめる真ん丸の目と、顔の表情筋の柔らかさから、

親御さんの真剣な子育て観に守られたものがよくわかります

 

2MX89

ひかるピョンは、誕生日にダイヤを20個貰いました。このダイヤは何時でも

1個60万円で売れます。そこで、ひかるピョンは、丁度半分のダイヤを売って、

1枚8円のカードを買えるだけ買うことにしました。何枚のカードを買うことが

できるでしょうか。

描かれていることがら

※左上から物語が進んでいます

●ダイヤ20個

●1個60万円という表示

※左から右、上から下、とコマ送りで物語を描いています

●カードが欲しいから半分売ろうという場面

●お店で10個のダイヤを台に載せて1個60万円で売る場面

●計算したら10個で600万円換金できたと驚いている場面

●カードは1枚8円という表示

●600万を8で割る計算

工夫していることがら

●「プレゼントはあなのなか」と、仕掛けを使っている

●「なんだろう?」という顔をして、ロープをつたってダイヤのところにおりている

●「カードがほしいな」「600万円手にした!」「何枚買えるかな…」などという表情

 

G3-4

3年生の4月から

現在5年生

2年2ヶ月経過

御覧の通り、問題に直接関係のない絵も空想力豊かに描く子で、

派生した別の物語に夢中になるあまり本筋からそれてややこしくなることもありますが、

この子の特徴としては、その部分が大事、と判断し、黙って見守っています

もう5年生なので、

「絵に数値が反映されていない」とか「データを集約してごらん」などと

アドバイスすることはありますが、

ゆっくり、自分の世界を守りながら進んできたこの子の脳内は、

周囲が理解し、守る事でまだまだ無限に広がる可能性を秘めている、とわかっています

最近の変化は、ただただ物語を作って絵にするだけでなく、

最後に聞かれることを覚悟しながらきちんと描いていく、という工夫が出てきたところです

一進一退ありますが、確実に進化しています

小学校生活あと2年弱

この子の中のファンタジーを、守ってあげられる場所では守り続けたいな、と思っています

親御さんもそこをとても大切になさっています

誰かと比べるのではなく、その子自身を見つめること

焦らず、信じ、待つこと

ファンタジーは誰にとっても絶対に必要な心の部屋

自分だけがその鍵を持っていて、自由に出入りできる

大人になるにつれて、その中に留まる時間はなくなり、

いつかはその部屋の存在さえ忘れるけれど、

戻りたければいつでも自由に戻れる自分だけの部屋

この子を見ているといつも思い出すこの本

 

私も、これまでの人生、 つらい時、苦しい時、何度もその部屋に駆け込みました
生徒たちの答案はその子とその家族の宝ではあるけれど、
わたしにとっても大切な宝物です
わたしだけが見せてもらうのではもったいないから…
私が心震えた答案とその子の物語を、
これからも時々紹介したいと思います
御注意★塾生の保護者のみなさんへ プライバシー保護は必ず最優先しますが、
もし「わが子の作品だ!」とお気づきになっても、
決してこのページをお子さんに見せないでくださいね
写真を「記録用」と言いながら撮影していることは知っている子どもたちですが、
ブログに紹介されているとは知らないはずです
今後も、素敵な作品をたくさん生み出せるよう、
意識させたくないので、
どうか見せないで、知らせないでくださいね
ご意見、ご感想などありましたらメールでお知らせくださいね
《2017年 6月14日投稿》

176.ほら、9歳の壁を越えたら光が

最近、

めざましい「進化」を遂げている数人の生徒を見ていて、

つくづく思うのです

テレビとか、ゲームとか、スマホとか、パソコンとか、安易な加工食品とか

そういうのが生まれた時から「一般的」な現代の子どもの環境に抗って、

最初から環境設定をすごく頑張ってる家の子は特に

高学年にさしかかって、全く違った進化を始めているから

 

「これが当たり前」という環境は蔓延して、

「当たり前のことをしないのは変」という、なんだかおかしな理論で

時には周囲の言葉や態度に傷ついたこともありましたね

でも、

続けてきた

小学校に入れば宿題制限の壁が立ちはだかりました

毎年毎年、学校の先生との話し合いをするのに、

正直疲れてしまうこともありましたね

それでも、諦めずに貫いてきました

 

親が心から納得し、貫くその姿勢は、

子どもに顕著に表れていて、私の目には、

堂々と、自由に思考する子どもの頭の中が見えています

なんて清々しいんだろう、と深呼吸したくなってしまうほどの

 

 

幼児期からゲームを持たせていて、どんぐりを始めるタイミングでやめた家庭

テレビをつけっぱなしだったのを、どんぐりを始めるタイミングでやめた家庭

ゲームやテレビが日常にあった当時の子どもとの生活を思い出すと、

今思えば考えられない理由で子どもを叱りとばしたり、イライラしたりしていませんでしたか

闇雲に出される宿題を、それでも「義務」だから、と厳しく叱りつけてでもやらせていた当時、

親子の間に不穏な空気が流れていませんでしたか

 

正直、

生まれた当初から環境や生活に気をつけていた家庭の子の進化と、

途中で改めた家庭の子の進化とでは、

差があります

それでも、「じわじわ」とせずに、一気に覚悟を決めて改革した家庭の子は、

見事な進化を遂げる訳なのですが、

親に迷いがあると、子どもはその背景を無意識で悟り、伸び悩むのです

どんぐりを始めたものの…テレビはやめられない…

習い事は楽しんでいるし、一気にやめられない…

宿題の事を先生に言うタイミングがない…

究極は、

家庭内にいる大人同士の意見が食い違っている

つらいですね

片方、たとえば母親だけが一生懸命勉強して、努力していても、

父親が全く理解を示さず、むしろ、反発するかのように環境を崩す

母親の留守にゲームをさせたり、テレビをつけっぱなしで放置したり、

宿題くらいさせろ、と怒鳴ったり

家庭によってそれぞれ異なった問題を抱えていて、

全ての例を挙げるのは困難ですが、

本当に苦しんでいるご家庭からの相談も集まってきています

どうしたらよいのでしょうね…

私も一緒に考えはしますが、どうにもならないケースの場合、

本当にお気の毒としか言えません

どうして大人同士…配偶者同士、親子同士、心を理解し合って、

お互いの思いを寄せ合うことができないのでしょうか

勉強の面以外でも、保護者同士の意見が食い違っていて、

子どもは健全に育つのでしょうか

片方の親が、ふたりぶん、さんにんぶんの努力をしなければならないでしょう

 

ところで子どもの、進化とはなんでしょう

どんぐり問題が解けるようになること

わたしは、指導者ですから、どんぐり問題を通してその子の背景が見えます

自由に緻密に思考しているな、という様子

考えることが楽しくて仕方ないんだな、という様子

もう、そうなってしまえば進化し始めている状態なのですが、

そうじゃない場合ってどんな感じなのか

最初から雑

投げやり

(答案を見せた時の大人の反応など)余計なことばかり考えている

そんな感じで、ちらちら時計を見て、「早く終わらないかな~」という状態でしょうか

 

親も努力して、できるだけ環境を整えて、一生懸命やっているのに、

どんぐり問題への取り組みに進化が見られない…

そういう場合、

環境設定が中途半端なんだろうな、っていうのと、

やはり過去が清算されていないのかもしれないな、って感じるのです

 

中途半端な環境設定については…

これ以上もう、私が個人的に追求すべきことではありません

原因がわかっているのに排除しようとしない、

何度もいろんな形でこうしてお知らせしているのに、

「そこまでは無理~」と行動に移さない

それでお子さんが進化しない、むしろ退化する、そして、

中学生になってどうにもならない状況に…なんて、

申し訳ないけれど、これ以上私にはどうすることもできないではないですか

 

そして、過去の清算

子どもが心に負った傷は、そう簡単に癒えるものではありませんが、

傷を負ったことによるその後の対処で、

その傷口は、他の部分より頑丈になる場合もあります

それには、傷つけた当事者によるケアが重要です

ゲームを買い与えたのは親なのに、急に考えを変えて取り上げて、

大好きだったテレビも急に禁止して、謝罪もなければ説明もない、なんて、

私でもぐれちゃいます

究極は、「宿題はするな」と、

先生との話し合いも解決していないのに宿題制限を中途半端にすれば、

学校で子どもは叱られ、さらし者にされるのがオチです

そんな負の経験が尾を引いてはいませんか

 

何度も書きますが、「どんぐり問題」ありき、ではない私の持論です

それ以前に、安定していなければ意味がないのだ、という大切なこと

糸山先生だって、「どんぐり問題もなにもさせないリセット期間」と指示なさる場合があります

それくらい、

子どもの傷を癒やすこと、脳を正常な状態に戻すことが重要なのです

なによりも、心の安定。

 

どんぐり問題による成果が生きてくるのはその後です

めざましい進化を遂げ始めている生徒達は、

もれなく優しい心の持ち主で、

何に対しても興味を持ち、いつもわくわくする目をしています

ひと(わたし)の話をにこにこしながら興味津々の表情で聞き、

外に出れば体をめいっぱい動かして全力で遊びます

もちろん、内向的な性格の子もいます

でも、小さな表情の変化で、私には、心配な子と、心配無用の子の見分けはつきます

 

そんな子たちに私は、なんにも注意することなんかないし、

説教することもありません

 

 

ただただ、頼もしく見ているだけ

親御さんの覚悟と、努力と、様々な壁を乗り越えてきた状況を思うと、

涙が出るほど感動的

ね、「今だけぎゅっとがんばろう」の意味が、わかるでしょう?

 

そこから先は、どんどん楽になるのです

 

親主導でいつまでも育てていこうと思ったら、

高学年から逆にどんどん大変になってしまいます

 

そして大きな勘違いは、

子どもを子どもらしく育てる時期がどんなに重要かということ

いずれ出る社会に対応するために、厳しい現実を早く知らせよう、

なんて考えもあるようですが、

わたしたち大人とは完成度・頑丈さの違う個体、それが子ども

大人と同じ刺激を受けて、その心は安定を保てるかどうか

少し考えていただければわかると思います

 

いずれ出る社会にぶれない強靱な心身の基盤を作るために

子どもらしくあったかでゆったりと安心できる環境を整えるべきなのです

 

「今だけぎゅっと期間」を愛しみ、ふっと顔を上げると、光が

私は今、そんな光に向かってわが子が勝手に走っていくのを、

遠い目をして見守っている

そんな年ごろを迎えています

《2017年 5月18日投稿》

167.みんなのキック

最初に選びたい学習方法』の「むーちゃんの絵」を真似て、

先週の授業の最初に「キックの絵」をみんなに描いてもらいました

新年度資料の表紙にするために、みんなに絵を描いてもらいたかっただけなのですが、

あまり可愛いのでご紹介しようと思います

 

白い紙を配りながら、

「ねえ、みんな、”わからない”ってどういうこと?」

えーっ!?

わからない、はわからないでしょう?

わかる、じゃないこと…

どういうって言われてもなあ!

素直などんぐりっこさんたちは目をくるくるさせて一生懸命考えています

「うーん。じゃあ、その紙に、キックを描いてくれない?」

えーっ!?キック?キックってなに?わかんない!

「ほれ、それが”わかんない”だよ」

あー!そうなんだ!?

「わたしがね、昔飼っていたペットの名前なの。

みんなには”わかんない”だろうけれど、私の頭の中には、

キックの姿が浮かんでいるよ。だから、キックのこと、わたしはわかるんだ」

ふむふむー!

「だから、これから、キックのことを文章で説明した紙を配るね、

1年生でもひとりで読めるように、ふりがなをふっておいたから、

みんなで、それぞれ、キックのことを描いてみてくれないかな」

 

わたしの飼っているペットのキックは、

白くて大きな犬です。

毛は短く、尻尾は長いけれど、先がくるりとまるまっています。

キックはいつも黄色い首輪をしています。

好きな食べ物はブロッコリーです。

今日も、お気に入りの赤いお皿に、ブロッコリーを山盛り入れてもらって、

嬉しそうに尻尾を振っています。

キックの小屋は小さいけれどとても快適です。

屋根は青くて、壁には小さな窓があります。

お気に入りの緑色の毛布が、

小屋の入り口からちょっとはみだしています。

 

そして、

みんなが描いてくれた絵がこちら

いつもは「せんせい、読んで~」と頼んでくる読み聞かせ方式の子も、

黙って黙々と、ひとりで描いていました

そして、それぞれの教室ごとに、小さな展覧会をしました

いつもはみんな、違う問題を読んでいるけれど、同じ文章を読んで描くのは初めてでしたね

みんなの展覧会の絵の横に、本物のキックの写真もそっと貼っておきました

 

みんなが描いてくれたキックをみていたら、

今は亡きキックのことが思い出されて懐かしくなりました

わたしが書いた文章から、

写真も見ずに、一生懸命絵でわたしの思い出を再現してくれたみんな

なんだー!耳は立ってたんだね!と写真を見てがっかりしたり、

上手な上級生の絵をほれぼれと見ていたり、

展覧会の感想は様々でしたが、

私にはどの作品も本当にステキに見えました

 

黄色い首輪

赤いお皿

山盛りのブロッコリー

尻尾を振っています、という言葉の再現

緑色の毛布がちょっとはみ出しています、という部分の表現

細かいですが、「全て描き出す」というルールを忠実に守ろうとしている子がほとんどです

 

たくさんのキックの絵を眺めていたら、

この子たちの優しさと、豊かさと、賢さに頭が下がる思いがしました

 

子どもはみんな、素直で、賢いものです

大人が邪魔をしなければ、そのままずっと、どこまでも伸びます

この絵を表紙にした新年度の資料を準備しながら、

新たな年度のことを四六時中考えています

 

来週は福岡へ行きます

どんぐり学舎は1週間閉講です

糸山先生と、個人的にお会いできる貴重な時間を作っていただきました

 

文字通り、山積みになった書斎の机に向かい、

ひとつひとつの課題を片付けている今日

ぼーっとするとあっという間に埋もれてしまいそうなほどの

仕事量ですが

ひとつひとつのことを丁寧に

そう、子どもたちが一語一句逃さず絵にしようと白い紙に向かっていたこの時のように

わたしも丁寧に毎日を過ごそう、って思いました

 

保護者の方々もぜひ、

お子さんの感性を大切に

丁寧な言葉がけと、環境設定、自然遊びをなにより優先して、

ゆったりとした春休みを過ごしてください

 

本年度もありがとうございました

《2017年 3月23日投稿》

158.描き初め大会!?

冬休みはわりとのんびりニコニコだった子どもたちが、

始業式の日にぶす~っとした顔に変わってしまって

やれやれ、どうしたものか…と考えた結果、

よし、久々にあれをやるか!と思い立ちました

うむ、1月だから、「描き初め」だな!

 

というわけで、

どんぐり問題をわたしが解くのを見せる、

そして、

その次にみんなで協力して解く、という企画

名付けて「描き初め大会」はじまりはじまり!

これは私が最初に解いた作品…

金森先生のサンプル問題を拝借しました(事後報告でごめんなさい)

 

S6級-02

雲の上のお花畑にはいろんな花が咲いています

天使のエンジェルちゃんはお花のケーキをひとつ作るのに、赤いチューリップを1本と

黄色いタンポポを2本使います

ケーキを3つ作るには、タンポポは何本必要でしょうか。

 

金森先生の問題は糸山先生の問題とまたひと味違って、

かわいらしくておもしろいです

ずっと前にサンプルをプリントしておいたものから

今回勝手に使わせていただきました

ありがとうございます

こちらで購入できます

 

(糸山先生の、どんぐり倶楽部良質の算数文章問題は、

いつも解いている問題なので、

ちょっと違った問題を解いてみました)

 

エンジェルちゃんのおしりがポイント

紙は、カレンダーの裏です

つるつるしているので、普段は使わないカラーペンで解いています

折り目があるのは、描き終わったあと争奪で、

早くも生徒さんのバッグに収納されていた痕跡です(笑)

 

私が描いているとやいのやいのとコメントを入れてくる生徒達

「ちょっとすみません、集中させてくださいな」などとわざと言って、

ぶつぶつ、ふんふん鼻歌交じりで楽しんで描きました

「もう答えわかっちゃった!」「簡単すぎるー」などと野次馬しつつ

わたしが何を描くか、どう数えるか、興味津々で見ていました

 

さあ、いよいよ自分たちの番です

 

6人いるので、交代で描くことに決めたようです

学年もバラバラ、絵の得意な子もいれば、みんなの前で描くなんて…という子もいます

でも、

全員がなんやかんや言いながら、加筆していきます

1回しか読まないよ、と言ってわたしが読み上げた問題を、

忘れないように覚えておく係がいたり(指で数字を作って)…

ちがうよ、こっちに描こうよ、

あと2個だよ、横に描こうよ、

などなど、わいわい…

絵が得意な高学年女子のKちゃんとKちゃん(ややこしや!)

さすがです

意見を出し合いながら、きれいに描いていました

描くのいやだな、なんて言ってた高学年のH君

ハードな姿勢でごりごり描いてくれました(笑)

内臓がつぶれそう~

いつもは控えめで、礼儀正しい高学年のT君、

つぎ、描きたい、描きたい!と自己主張もしっかり

そして、正確で、適確な絵を描いてくれます

楽しそうに

あーでもない、こーでもない

S6級-06

ウサギのぴょん助がジュース屋さんで働いています

3本の人参から2杯のジュースが作れるそうです

今日はジュースが8杯売れました

全部で何本の人参を使ったでしょう

 

なぜか生ビールみたいに描いていますが…(笑)

ジュース屋さんなのに自動販売機なんかい!とか

中身を描かないとコップ屋さんみたいだよ、とか

1年生の子に看板を描かせて、これで間違えない!とか

あーじゃないこーじゃない…

 

本来の、思考力養成のための解き方ではないけれど

イベントとして終了

 

さあ、では、

今度は自分のノートに、自分ひとりで描いて考えるんだよ

といつもの問題を渡しました

 

劇的に変わったのは1年生の男の子T君でした

最近、正解を急ぐ傾向にあった彼が、

最初のひとことから絵にして、

いわゆる、「余計な絵」で満ちあふれた素晴らしい絵を描きました

(写真とればよかった…)

見ているだけでこちらがわくわくするような、

あー、なんてこの子の中にはたくさんの楽しくて可愛いものが詰まってるんだろう、って

きゅんとしてしまうような…

 

最初に時間を使ってしまったので、あっという間に授業時間は終了

「ありゃー  いっぱい描いていたら時間になっちゃった…」とつぶやくT君

「いいの、いいの。今までで一番すてきな絵が描けているよ」というと

「そうかな~?」と不思議な顔

いいの、いいの

本当に君たちはそれでいいのいいの

 

みんなで描いた絵を持ち帰った高学年女子のKちゃんのお母さんから、

帰りの車の中でも、晩ご飯の食卓でも、

その絵を広げて嬉しそうに報告してくれました、とメールがあり

 

ルール違反かもしれないけど、ほんの時々、こんな場を設けることで、

自分一人で解くための原動力に、なっていくのかもしれない、と

感じたのでした

 

結論、

結局、

楽しいから

楽しいから心に残るんだろうな

楽しいから次の挑戦に心が向かうんだろうな

 

ずっとずっと、

子どもたちを、楽しい世界で満たしてあげたいな

 

ところでこの日、

高学年男児のKくんが

そっと渡してくれたクッキー

わたしは折々、

子どもたちに手作りのお菓子を配るのですが、

その中でもわりと評判のいい「素朴なクッキー」

同じ物を、どうしても、自分で作ってみたい、というK君に、

レシピを渡したのは先週のこと

 

こっそりお母さんから聞いた話では、

何回も、何回も、まずは材料のありかからお母さんに尋ねながら、

最初から最後までたったひとりで挑戦したものの、失敗ばかり

5回目にして、とうとう、ついに、完成したそうなのです

成功した時の顔は、ひとりで成し遂げなければ見られなかった顔、

手伝わなくてよかった…とお母さんから連絡が…

 

彼との4年間が走馬燈のように浮かび

丁寧に付き合うこと

心をこめて大切に時間を過ごすこと

全身全霊で生徒達を愛すること

これでいいんだな、となんだか妙に納得した日でした

 

さくさく、素朴なクッキーは、自分で作ったものより何十倍も美味しくて、

可愛い工夫の装飾がもったいないくらいだったけど、

大切に、大切にいただきました

 

夜の授業が終わると、

顔も髪もぼろぼろで(笑)

誰もいなくなった教室で、しばらく放心状態に陥るのですが、

昨日は

「楽しかったーー」と思わずつぶやいてしまいました

 

このあとの中学生の授業も本当に楽しかったから…

その話は、またのちほど

《2017年 1月18日投稿》

125.親子の壮絶な、リセット期間

ここのところ数件、塾生や、メール相談の方、また、ちょっとした知人から相次いで、

「どんぐり問題(じっくり考えること)に抵抗があるようだ」

「環境設定はちゃんとし始めたのに、変わらない。どうしたらよいのでしょうか」

と、問い合わせや話題が集まり、わたしとしても、常にその事を考えている日々

どうしたらよいか…ってそれは…

「待つ」しかないのです

 

たとえば

テレビやゲームの影響を受けていたようだ、と気づき、それらをいったん、排除してみる

いわゆる「環境設定」です

でも、

子どもはテレビを見たがる、ゲームを欲する、

その反抗的な態度が、親としては許せない

あなたのために心を鬼にして努力しているのに、なによ!となる

叱られるから親の前で欲するのを諦める

でも、友達の家で、親のいない隙に、また、甘い祖父母にねだって、

親が「禁止」してることをこそこそを実行する

だから、

いつまでも「変わらない」「進化しない」

 

わたしが教室で見ていると、

傍線一本引くのにも、雑さが邪魔して、ぐらぐらになっている

何十個も描いている途中に、よそ見する、雑談する、

だから、書き間違えて、わからなくなる

すべて、なんらからの、まあ、簡単に言えば「雑念」というか「煩悩」というか…

子どもの純粋な思考を妨げるなにかが見て取れるわけですが、

親御さんにはそれがわからず、

「なんでいつまでもゲームをやりたがるの?」

「なんでテレビを見たがるの?」と

子どもへのイライラが募っている

だから、また、叱りとばす、衝突の日々

余計に子どもは情緒を乱す

いつまでも、まっすぐに迷いのない線は引けない

いつまでも、数えたくてたまらない、数えたくて、整然と描きたくて、工夫する、という

姿勢は出てこない

そしていつまでも「どんぐり問題は難しい」と、思考回路を作る工程を飛ばそうとする

そんな間に、親御さんも疲れ果てて、「もう無理かもしれない」と諦めかける

 

なぜ、そう、子どもの上にどんどんなにかを上塗りしようとするのでしょうか

子どもの脳は新しく買い換えたコンピュータのデータではありません

ぽちっと「上書き」できるものでもないし、

上からばさーっと真新しい布をかぶせれば、

テーブルの傷も見えなくなる、なんてことでもありません

(まあ、傷は残っているしね…)

考えない頭に育てちゃったなら、それをまずはなんとかしなければなりません

何ごとにおいても「めんどくさい」「わかんない」と言う子に育てちゃったなら

なぜそんな風になっちゃったか、親御さんがご自身を振り返るしかありません

そして、いつまでも過去のことにこだわって反省していないで、

今日から新しい日々を続けていくしかありません

 

これはもう、本当に、実際に実践した方の体験談を知るのがなによりの説得力があります

「どうしたらいいのでしょう」と悩んでわたしに相談してくる方々の中で、

どんぐり倶楽部の過去ログを読み尽くそうと努力した親御さんは何人いるのでしょう

「どんぐり倶楽部 テレビ ゲーム リセット」で検索してみてください

いくらでも、本物の、実例が出てくるはずです

 

わたしのところに寄せられた「リセット例」や、塾生のリセットを目の当たりにして考えてみると、

リセット(子どもの脳に影響を与えると思われるモノを全ていったん排除すること)期間には

個人差があります

1ヶ月で劇的に変わる子もいれば、数ヶ月かかってやっと少し…という子もいる、

1年以上かかる子もいます

それは、その子自身の「影響の受けやすさ」「感受性」などが影響していると思われます

それから、そのまえの、改善が必要だった環境の内容や長さにも、よるのです

そして、最も重要なのは、親御さんの根気強さだと考えられます

 

たとえば、毎日、家の中でテレビがつきっぱなしで、遊んでいる時も、食事中も、

ヘタしたらゲーム中も、テレビはとりあえずついている、というフルコースの状態だった場合、

テレビを消して、ゲームを取り上げたら、「なにして過ごせばいいんだ!」と

子どもは反抗することが多いようです

それはもう、ものすごく重症な状態なのですが、やめてみなければそれには気づかないでしょう

子どもなんて本来、誰に指図されるでもなく、自分勝手に気ままに遊びたいものなのですが、

テレビにこちらから反応する必要はないからしなくなり、

(よく、赤ちゃんがテレビに向かって拍手したり、声を出したりするようですが、

すぐに気づくんですよ。

あ、この人、わたしに反応してくれないんだな…って。そして、求めなくなるのです。)

ゲームは自分で操作しているようで実は全く違って、ただプログラムに載っかっているだけ、

しかも、

気に入らなければ簡単にリセット(それこそボタンひとつで)できるのですから、

そんなことで「遊び」を満喫している子どもは、

どんどん自分で考える力など退化させていくのです

そんな環境をこしらえておいて、

なんだかよくないな、学校の勉強に困難を来しているな、何でもかんでも面倒がるな、と気づいて、

たとえばどんぐり理論のようなものにたまたまたどり着き、たまたま指導者を近くで見つけ、

「はじめた」としても、

これまでの環境をただ「禁止」しただけで、なにか変わると期待していませんか

わたしたちは、目の前に子どもがいる間は、できるだけのことをしています

でも、

一番重要なのは家庭での環境なのです

 

始めて1年目に最も重要なことは、

これまでの環境を作ってきた責任者がその誤りに気づいたなら子どもに謝罪すること

そして、

これからどうしていきたいか、子どもにきちんと話すこと

相手がどんなに幼い子でも、親は、方針を転換するならきちんと説明する必要があります

「うちの子、全然考えようとしなくて!」

「ちっともできていなくて!」

と、未だに、子どもを責めるような言い方をしている方がいますが、

その前にご自身を省みたのか、問いただしたくなることがあります

そして、

改めよう、と思った、けれど、(すでに中毒状態の)子どもをリセットするのは

本当に困難…と悩んでいるなら、ご自身でのめり込んで調べてみましょう

実際に、その中毒症状、禁断症状を全身で受け止めて、ご苦労をなさったのち、

わが子とのかけがえのない穏やかな日々を取り戻した親御さんが

たくさんいるのです

 

「中毒」だなんて…大げさな…とお思いでしょうが、

わたしから見ると、ほとんどの普通の小学生が「中毒症状」と感じられます

数日前も、とある場所で子どもたちが集まる機会がありました

いわゆる、食事会のような場所でしたが、多くの子は携帯型ゲーム機を持ってきて、

それぞれひとりでゲームにふけっていました

散々食べ散らかして、さあ、片付けよう、となった時も、

ゲームを持ってきた子は部屋を出て、ひたすらゲームを続けていました

ゲームを持ってきていない子が、みんなでわいわい、片付けですら楽しんでいるのに、です

こうやって、人との交流を避けて生きていくのかもしれないな、と大げさだけど思いました

こんな場でも持ってくるのも凄まじい事態だけど、持たせる親も親だな…と

思わざるを得ませんでした

なければないで、みんなで楽しめるのに、もうそれすら面倒なのでしょう

もう、親子共々、中毒症状…そうにしか見えません

赤ちゃんと散歩しながらスマホしてるお母さんもね

お母さんが赤ちゃんの面倒を一生懸命見ているのに横でスマホに熱中してるお父さんもね

 

自分が中毒なのに、子どもを中毒から救い出すのは至難の業でしょう

だから、思い切ってみんなでリセットしちゃえばいいのです

大人なら、今の大人なら、子どもの頃から携帯型ゲーム機や、

スマホが必需品でした、という人はいない

だから、できるはずです

原因はそこにある、と気づいたなら、するしかないはずです

 

それでも、お子さんに謝るのはプライドが許さない、

お子さんのリセット期間の禁断症状が怖い、

すぐに結果が出ないことにやきもきしてしまう、

という方には、

無理なのかもしれません

 

なんとかしたい、なんとかしなければ、という思いの強さです

わたしたちは、できるだけの手助けをするつもりで待機しているし、

情報は送り続けています

でも、

ご自身が真剣にキャッチして、子どものために何肌でも脱ぐ覚悟がなかったら、

お互いに、その労力を無にするだけです

 

そしたら、

ばさーっと、新しい布を買ってきて、

傷だらけのテーブルを覆うしかないでしょう

見て見ぬ振りをして、

表面だけでもまともに見えるように、

それで、いいのなら。

《2015年 10月13日投稿》

104.どんぐり問題を通して見えてくるもの

今日は低学年の生徒の作品を2点

小学校2年生 どんぐり歴1年半くらい

ハム次郎が朝起きて、調べて、(「調べました」という文を絵図にするとき、

9割くらいの子がパソコンで調べている絵を描きます。時代ですかね…)向日葵の種を

入手する方法を知り、

なにかしゃべりながら向日葵の木に登って種を入れ物に入れていきます

「まだ12個」「17,18個」「あった」などと、セリフが書いてあります

「おいしい」とも

1本、30個分の種を入手したところで時間切れ、

「次回でいいよ」と声をかけると

「うん、でもわかっちゃったよ」と

「60個欲しいんだから、1本で30個…だから、2本だよ」とささっと答えを書きました

朝起きてからの時間の経過を、赤い時計で表しています

巨大向日葵の木なので、はしごを使ってのぼりおりしているのもわかります

夢のある、かわいらしい絵図にほれぼれしてしまいます

まるで絵本を見ているようです

最後の、「1本で30個だから、60個入手するには2本」という慌てた解答も、

いまのこの子にとったら計算ではなく、たぶん、絵に浮かんでいるのでしょう

60÷30=2 なんて「習っていない」のですから

小学校3年生 どんぐり歴3週間くらい(つまり3~4回)

始めたばかりのこの生徒も、

とにかく素直にただひたすら「全て絵図にする」ということをしっかりと守ります

だから、自ずと答えは見えてくる、何度も読む必要などないのです

「わかんない」と目を背けることなく、ただ、ひとこと、ひとことを全て描き出していきます

わかんないけどとにかく描いてみよう、という感じです

どう描いたらいいんだろう…と首をかしげて考える姿がかわいらしいったらありません

でも、とりあえず鉛筆を動かすのです

こういう子は、必ず伸びていく子です

ただただ、素直にまっすぐに、豊かに育ってきています

いろいろな工夫がみてとれます

シロナガ(スクジラ)くんが一番大きいのも、微笑ましいですよね

 

いずれも1MX(1年生相当)ですが、

高学年でも正確に解けない子がいる「巨大向日葵」と「クジラの宝探し」です

 

どんぐり問題に向かう姿勢や、実際に解いたあとの答案を見ると

実に様々なことが見えてきます

 

始めたばかりの子に多い、

「これ何算?」「わかんない、わかんない」

長くやっているのになかなか進化しない子に多い、

「(ぱっと問題を眺めただけで)今日はこれやりたくないんですけど」

「もっと簡単なの、ください」

「あ、これやったことある(と、前にやった答案を探し、マネをして解こうとする)」

 

テレビも、ゲームも、宿題も制限しているはずなのに、なぜ進化しないのか

…本当に、制限しているのでしょうか?

子どもは正直に、わたしの前で生活のいろいろなことを話します

テレビの話題、新しいゲームソフトの話題、そして、宿題を厳しく見張られていること

他の習い事でくたくたなこと、親のスマホでゲームをすること、

お母さんがいつもスマホをいじっていること

お父さんがいつもゲームをしていること

おじいちゃんやおばあちゃんに、勉強しろ、習い事を増やせ、と親共々言われていること

休みといえばショッピングモールでぶらぶらすること

 

いいですよ、それはもう、ご家庭の方針であり、ご家庭の責任です

なかなか進化しない子になんらかの原因があることはわたしには見えていますし、

言葉を選んでお伝えしているつもりです


わたしには、数年先が見えてしまうので、

このままではまずいですよ、ということも気づけばお伝えしています

耳が痛いことも言わなければならず、わたし自身も胸をえぐられるような苦しみをともないます

でも

わたしは子どもたちを守りたいのです

 

どんぐり問題に限らず、日々の生活の中で、

何かと雑になっている子、

何かと面倒がる子、

そういう子のその現象には原因が必ずあります

何か別のところでその子の労力を奪っているのです

好きで、やりたいといって始めたはずの習い事でさえ、

もう負担になっている可能性もあります

多くの人が「厳守するべき」と思っている学校の宿題や授業そのものでさえ、

子どもの伸び伸びと学びたい気持ちを削いでいる可能性があります

 

わたしたちは、大人になってしまった今、

子どもたちの世界を子どもの視点でのぞき見ることができません

でも

少し冷静になってできるだけその視点に下りて見てみてください

 

子どもって、もっと「自由」でしたよね

そして親はもうちょっと厳しかったです

流行してるからってすぐにゲームを買ってくれるような親は

そう多くはいませんでした

歯が溶けるからダメ!って絶対買ってもらえなかった飲みものもあったし、

年がら年中お菓子が買える環境でもありませんでした

テレビも子ども向けのものは少なかったし、

でも、子ども向けのアニメで、言葉遣いも丁寧で、

心を震わせるゆっくりとした作品が多くありました

 

道に出れば友達がいて

公園に行けば友達がいて

あぜ道にしゃがめばいろんな種類の生き物がいました

 

習い事で毎日がぱんぱんのスケジュールの子もほんの少しいたけど、

ほとんどの子がなんにもしていませんでした

 

時代が違うから、

子どもには耐性がついたのでしょうか

子どもには自由な遊びも必要ないし、

どんなものを飲んでも食べても健全に育つなにか免疫でもついたのでしょうか

毎日なんらかの習い事があっても、週末が習い事で埋まっていても、

子どもらしく、豊かに賢く育つ、なにか、超越した力が備わったのでしょうか

 

いいえ、

子どもは昔からなんにも変わっていません

変わったのは世の中

そして

大人です

 

もう少し、緩めませんか

自分自身も、子どもも

よかれと思ってしていることが、将来の我が子の足枷になっていくかもしれない

怖いけど、そんな風に考えられませんか

よかれと思ってあれもこれも買い与え、送迎し、整える

それによって子どもには自ら考える力も自らを整える力も残っておらず

ただただ受け身なだけの学生時代を経て、社会に出て行く

そんな風に我が子を育てていくのでしょうか

 

各業界の同年代から聞く嘆き

もはや、「自分で考える」力を持ち合わせていない社会人が

どんどん増えていっているようです

 

みなさんだって、周囲をみわたせば、

イマドキの若いもんは…とため息をつく時がありませんか

 

でも

わたしにはずっと前から見えていました

どんぐり問題を通して見えるようになってきたのはここ数年ですが

そのもっとずっと前から

 

社会人になって急に育つ能力なんかない

全ては小学校までで育て上げなくてはならないのだと

 

小学校までで育っていない感性や、能力が、

大人になってから育つわけがないのです

 

と、いうことは

「イマドキの若いもんは…」を作ったのは

小学生時代までにその人のそばにいた大人であり、

親なのです

 

考えない大人を増産する長期計画だったんだろうな…と

思うしかない昨今の世の中の動きを、子どもの教育という現場から見つめてきて20数年

それでも

そんな大人に自分はなるまい、我が子はすまい、と

やはり思うのです

そして塾生にも、その親御さんにも、伝え続けなくてはならない、と

 

《2015年 5月14日投稿》