カテゴリー「小学校にはいる前のこと」の4件の記事

45.クシュラの奇跡 絵本を通して愛を伝える

 

1971年にニュージーランドで

クシュラという女の子が先天性の重い障害を持って生まれました

あらゆる重病を抱え、視力も聴力もなかったようで

1歳まで生きられるかどうか、という状態だったそうです

それでも両親は悲しみを乗り越え、

眠っている時以外はクシュラを抱き、見えない景色を見せ、

聞こえない声をきかせ、

彼女を必死で育てました

生後4ヶ月のとき、顔の近くに絵本を持っていき、読み聞かせをしていたら

クシュラが反応

それをきっかけに、両親は「絵本の読み聞かせ」を毎日するようになりました

長い日で一日10時間、毎日、毎日、見えないはずのクシュラに

聞こえないはずのクシュラに

最終的には140冊の絵本をくり返し、くり返し、読んで聞かせました

その結果、クシュラは3歳で標準の知能を越え、奇跡的に数々の機能も回復を見せ

成長していきました

何度も繰り返し読み聞かせることで、

好きなフレーズを暗記したり

絵から想像したり

クシュラの様々な機能に働きかけ、回復につながったと言われています

でももちろん、医学的根拠は謎、だから「奇跡」なのです

 

「クシュラの奇跡」、と呼ばれているこの実話は、

絵本の読み聞かせの効果や意義が実感できるのと同時に、

それだけではない、親が子を必死に育てるということはどういうことかを

教えてくれます

医者も諦めている難病の我が子を、病院や施設に預けることなく

大変な苦労をして両親は自分たちの手でできる限りのことを続けました

クシュラを生んだ時両親は21歳と20歳、という若さだったそうです

いろいろな文献で調べましたが、クシュラのような障害を持って生まれた場合、

ほとんどの親御さんが泣く泣く施設に預け、クシュラと暮らしたこの両親のように

できないのが現実のようです

今は手厚い医療の設備も整っていますから、

希望すれば完全看護で預かってもらえるものなのでしょう

でも

クシュラがもし、ずっと入院して投薬や治療、看護だけを受けていたとしたら…

奇跡は起きたのでしょうか

クシュラの両親がしたことは、親にしかできない特別なケアです

クシュラを抱っこし、絵本を読み続ける

自分たちの愛情も体力も精神力も全てクシュラのために注ぎました

そして奇跡は起こったのです

 

※『ロレンツォのオイル』という好きな映画があります

  これも実話で、小学生まで健常児だった息子が突然難病にかかり

  医者も諦めた状態から両親の必死の努力で

  なんと特効薬を発見

  奇跡的に回復する、というやはり似たような話なのです

 

絵本を読み聞かせする時、子どもたちは絵本そのものを楽しんでいるのもありますが

思い起こすと、読むよ~と絵本を持つと、当たり前のようにわたしの脚の間にちょこんと座り、

わたしのお腹に小さなからだがすっぽり、まるで戻ってきたようにはまり、

わたし自身もこの上ない幸福感に満たされ、

子どもも絵本を楽しみながら時々見上げてはわたしの反応を見たり、

おきまりのページでおきまりの表情を見せたり…

子ども部屋に溢れるたくさんの絵本、一冊一冊にそれぞれ思い出があるほど

数え切れない親子体験をしました

わたしとしてはたくさんの絵本の世界を見せてあげたい、という気持ちもあり

絵本について勉強した経緯もあったので

周囲の経験豊富な絵本の有識者(?)のすすめや出会いから

とにかく色々な絵本を集めてきました

でも、子どもにとって一番よかったことは、わたしが絵本を持つと

その絵本とわたしの体との間の空間にすっぽりと入り込んで

絵本が読み終わるまでのしばらくの間は

ふたりだけの世界

(子どもがふたりになってからは3人の世界、またはじゅんばんこの世界)

あったかくて、安心できて、親が絵本を読むこと以外なにもしていない、

忙しそうにしていない、自分のためだけに絵本を読んでいる、という状態

その状態こそなによりの楽しみ、幸福だったのでは、と思うのです

 

幼少期にたくさん、たくさん、そういう経験を重ねておくと、

少しずつ親離れしたり、少しずつ難しい関係になったりしても、

なんというか、原点があるというか、そこに立ち戻れる自分たちがいるというか

これは理屈ではなく、まさに、奇跡のような…

クシュラの話を読むと、たまたま、健常に生まれ、健常な子を授かったわたしたちに

たまたま、重い障害を背負って生まれ、生きている人たちは

多くを教えるために存在するのだと痛感するのです

この瞬間と

この存在を

大切に、クシュラの両親のように必死で自分たちの手で育てなければ、と

 

わたしたちにはまだまだ、できることがあるのではないでしょうか

 

クシュラのお母さんは、クシュラが成人すると間もなく

40歳の若さでこの世を去りました

クシュラを、見事に育て上げて亡くなったのです

クシュラを生んで20年、娘のためだけに生き抜いた人でした

クシュラはわたしのひとつ年上で

現在も友達と3人での共同生活をして元気に暮らしているそうです

お母さんが自活を勧めたので家を出て、

お母さんが言い遺した「毎日勉強しなさい」という教えを守り、

毎日クロスワードパズルなどをして勉強をしているそうです

両親に完全なる愛情を注がれ、クシュラは自活できたのです

 

わたしの年齢までにクシュラを成人させて亡くなったクシュラのお母さん

そしてほぼ同い年のクシュラ

いつか彼女の話を直接聞いてみたいな

と思っています

これはクシュラのおばあちゃんが書いた論文を書籍化したものです

 

クシュラの読んでもらった絵本の多くが我が家にもたまたまありました

子どもが大好きな絵本は世界共通なんだなあと感じます

子どもの目をひくキラキラした技巧的な絵本ばかりではなく、

素朴で、大人は一見「なんだこれ」って思うような絵本でも、

子どもは夢中になり、いつまでも忘れないものです

絵本選びに困ったら、「3世代読み継がれている」「世界中で愛されている」を基準にどうぞ

《2013年 12月17日投稿》

30.文字と数字 教える前に

年長さんの生徒さんの作品

「おとおさん」ですがあえて直しません

そんなことより、かわいいでしょう?クジラの家族

それぞれがボールを持っていますが

色とりどりで、きれいです

にこにこ並んでいます

「くじらのきょくげいがだいにんきです」という問題文の書き出しを読んで

「く、くじらっ?…じゃあ~まず海を描かなくちゃ」と

青い色鉛筆でぐわんぐわんと波を描き出した時、

今日は大丈夫だなあ、と思うのです

 

次女が小学校に入学して半年

生まれて初めての「おべんきょう」に期待わくわくの次女の様子を

毎日楽しみに見つめてきました

就学前のお子さんをお持ちの親御さんたちが心配していますが

思ったより学校の進行は最初はのんびりとしていて

ひらがなも、大きく、丁寧に1日1文字~2文字、じっくりと教えてもらいました

そもそも、わたしは就学前に(小学校と同じような)国語や算数の先取りをするのは

毒にしかならないという考えをもっているので

「50音は書けるように親がしておくべき?」

「カタカナも教えておくべき?」

「鏡字を直さなくちゃ…」

「お友達にお手紙書くんだけど、まちがいばかりだから直すのが大変」

などという話を就学前の親御さんに相談されると

「なんにも教えなくていいし、直さなくていいよ~」と答えてきました

この相談は年々エスカレートしているのですが

なんなのでしょう、子どもがいると必ず来るあのDMのせいでしょうか

「最後のチャンス!」「入学前にこれだけはできないと!」

…そんなことは全くなくて…

むしろわたしは、字を知らないうちの貴重な時期を、もっと楽しんでほしいなあと思うのです

 

以前所属していた子育て支援のNPOで、絵本の読み聞かせを勉強した時

リーダーがまずスタッフに対して読み聞かせを実際にしてくれるのですが

「絵を見てね」と念を押されるのです

大人は、字が読めるから字を追ってしまうのよ、と

そういえば、親子に対して読み聞かせをしながら大人の視線をたどると、

確かに「字」を追っています

テレビで字幕が出ると、音声で聞きとれているのについ追ってしまうのも不思議ですが

わたしたちは字が出てくるとつい読んでしまうようです

情報を得ようとするのですね

字を読めない乳幼児も、「なんか書いてある」と字を気にする場合もありますが、

良質の絵本を読んで聞かせているときの幼児の目は、完全に絵と、読み手の声に心を奪われて、

キラキラ、わくわくしています

 

わたしたち人類の文字や言語の獲得の歴史を思うと、

もうすっかり文字も数字も数式も言語も完成しているところへポンと産まれてきたわたしたちには

ともすると忘れがちな大事なことがあると気づきます

人類は、誰かに何かを伝えようとして、文字や言語を生み出し、

自然の中にある規則性を見つけて、それを記号や数字で表現し、やはり伝えようとしたのです

 

言語を産まれ持って背負ってくるわけではない子どもたち、

それを習得するまでにそばにいるわたしたちには、

すべきことと、しないほうがいいこと、があると思っています

伝えたいこともないのに単語だけ詰め込んでも

身につくはずはないし、

体験もないのにことがらだけ覚えさせても、なににも生かされないしそもそも覚えられません

 

文字を正しく書けるかどうかより、大事なことがあります

文字を書いたことをほめすぎると、文字を頑張って書こうとします

1年生の先生は、思ったよりゆっくり、じっくりと基礎から教えてくださいます

わたしたちは先生の邪魔も、その年齢なりの興味を広げている我が子の邪魔も、

してはならないのです

字を知らない世界なんて、もうわたしたちには想像できません

でも、知らないうちのほうが、得る情報は多いかもしれません

子どもたちは文字や文章なんか使わなくても

たくさんの表現をしているし、たくさんの美しいものや驚くべきことを味わっています

ほら、子どもの表現の豊かさったらないでしょう?

あの笑顔、あの泣き顔、あのじたばたと全身で感情を表す様子、

もっとさかのぼれば、産まれたばかりの赤ちゃんの、あの表現力は素晴らしいと思いませんか

わたしたちは原点に返って、子どもたちの表現を受け止めて育てていきます

 

大人が、字を知らなかった頃に戻れるのは、字を知らない子と一緒にいる時がチャンスです

何を見ているんだろう

何を感じているんだろう

そんな風に寄り添っていると、

とても字を教える気になどなれませんよ

鏡字や綴り間違いなんて、今はどうでもいいか~と心から思えますよ

せっかくのチャンスです

存分に楽しみましょう

たった6年で、正式に教えていただく時期を迎えるのですから

 

1年生を迎えるかわいい友達に時々送る絵本

 

くんちゃんのはじめてのがっこう くんちゃんのはじめてのがっこう
ドロシー・マリノ まさき るりこ

ペンギン社 1982-04



by G-Tools
マイケルとスーザンは一年生 マイケルとスーザンは一年生
ドロシー マリノ Dorothy Marino

アリス館 2006-03



by G-Tools

《2013年 10月1日投稿》

22.ある幼稚園ママさんに返信したメール

ホームページが公開になり

これがなかったら知り合うことはなかったであろう方から

メッセージをいただけるようになりました

いろいろな方と出会い、子どもたちについて考えることは

わたしにとってひとつひとつかけがえのない財産になります

メールを短くまとめるのが苦手で、

ついつい長くなってしまうのですが

お顔の見えないこの画面の向こうにいるお母さん、お父さんと

その大切なお子さんのこと

一生懸命考えながら返事を書いています

 

今回は、お子さんが幼稚園に通っているお母様から

いまなにをすべきか

という内容の質問に対してわたしが書いたメールです

 

さて、就学前のお子さんに、どんなことをしてやるべきか

たぶん、ご自身でもいろいろなことを調べて、勉強なさってきたんですよね

これからどんぐり倶楽部(糸山泰造氏の子どもの思考力についての理論)について

ご興味あったら本を読んだりサイトを覗いたりして、

これまで調べてきたいろいろな方法と合わせて選択肢のひとつにしてみるといいですよね

○○式プリントに取り組んでいる時のお子さんの様子はいかがですか?

楽しそうに、お母様とコミュニケーションをとりながらわくわくとすすめていますか?

いやがったり、惰性でやっているような時はないですか?

もし楽しそうに、遊びの一環として取り組んでいるようなら大丈夫ですね

ただ、ちいさなお子さんにとって「最も」大切なことは、

テーブルの上では身につけてやることができません

線をなぞることも

同じものを見つけることも

仲間にわけることも

数を合わせることも

等分することも

まずは体感することが先です

外で遊ぶ子どもたちは自分の体を動かしてバランス感覚

(これは、等式、ひいては方程式の感覚までつながっていきます)を体得し、

自然の中の様々なものを目にし、手に触れ、その色や形、感触や重さを体感し、分類しています

これはなにかな?いくつあるかな?なんて声をかけず、自由に、好きなことをさせておくのです

安心して、自由になれる環境であればその子はその子なりの興味に引き寄せられ、

自由に発想し、心も体もたくさん動かします

大人から見ると「なにも得ていない」と思うような1日でも、子どもにとったらものすごい収穫です

できれば遊具も教具もないまっさらな自然の中で

そんな時間をできるだけ過ごさせてやれたら、きっとすごく豊かに育ちます

心身が豊かに育っていると、「勉強」は乾いた大きなスポンジに水を吸わせるように、

すーっと自然に入っていきます

幼少期はそのスポンジの大きさや厚さを決めているようにわたしには思えます

どうか体験より先に知識を与えないでくださいね

本物を見る前に図鑑を見すぎてしまったり、

自然ネタならいいだろう、とビデオやテレビを見せてしまったりすると、

子どもは食いついて、すぐに種類や名前を覚えたりして大人を驚かせますが、

すぐに「もう知っている」と好奇心を捨ててしまいます

本物に出会っても「もう知っている」と…

好奇心のない子は「勉強」が始まっても伸びません

このような例で少しおわかりいただけましたか?

いまの世の中、「なにもしない」で過ごすことはとっても勇気の要ることかもしれません

でも、親が特に何もしないでいても、毎日の生活の中で、

子どもはこの世の中で生きていく色々な方法を習得しています

なんでも自分でやってみたい、なんでも試してみたい、という好奇心いっぱいの年頃です

なんでもやらせてみるといいです

お母さんや、お父さんのしていることを一緒に

料理や、庭仕事、車を洗うこと、なんでも

楽しんでいるならプリントも並行して、他にいろんなことを体験させてみるといいと思います

糸山先生なら○○式プリントはすぐにやめなさい!と言うと思いますが(笑)

それでも、それ以外の生活でお子さんが満たされているなら問題ないと思います

必要があるとは思いませんが、楽しんでいるなら害は…ないかな、という感想です

小学生になるといやでも机に向かわなければならなくなります

中学生になれば自分から進んで勉強しなければついて行けません

そのために、早く机に向かう習慣をつけよう、というのは逆で、

「勉強は小学生になってからね」と抑えておくことで

すんなりと小学生になれます

「勉強」を楽しみに待てます

自由で柔軟な思考力と好奇心をたくさん小学生時代に育んだ子は、

中学生になれば親がなにもしなくても自分から学ぶ子に成長します

そこから先はその子の選択です

我が子が中学生…なんて遠い話のようですが、「地頭」づくりは幼少期から始まっていて、

それは前に述べた、スポンジに水を吸収させることではなくて、スポンジそのものを

大きく厚く作るということで…

おわかりいただけるでしょうか

自分の人生を賢く上手に楽しく歩んでもらいたい

本当ですね

素晴らしいです

「自分の人生」というのが特にステキです

お母様は、娘さんがひとりの人間であると認識していらっしゃる

娘さんには「自分の人生」が待っているとわかっていらっしゃる

わたしたちは、子どもたちを育てているわけですが、

実はその子自身はどう生きたいかをもう決めていて、

わたしたちが強く矯正したとしても絶対にそうにしか生きようとしません

強く矯正すれば反動もありましょう

それで近年、ここそこで事件が起きていますよね

子どもの心身の成長にそっと耳を澄ますと、

その子がどう生きたいかが見えてきます

幼少期は特にのびのびと動き回り、周囲の目を気にしたり、意識したりすることもありませんから

そんな姿に大人の方が癒されます

できるだけ、その子がどう伸びたいか、気づいてあげて、寄り添ってあげることが大切です

本当に賢い人は偏差値が高い人ではないし

本当に賢い人を机の上で育てることはできません

わたしの次女は今年1年生になりました

もはや懐かしい、けれど愛おしい思い出がたくさんの園児さん時代

たっぷり、楽しんでくださいね

たっぷり、愛して、安心させて、充分に充電が終われば、すっくと自立しますよ

大丈夫です

いつでもメールくださいね

どんぐり学舎  泉聡子

 

さあ、いよいよ夏休みです

できるだけ自由に、できるだけのびのび、

でも冷房の中でじっとテレビやゲームばかりなんかじゃなくて

着替えとおにぎりと冷たいお茶を水筒に持って

出かけましょう!

《2013年 7月19日投稿》

11.能動汗腺 とりかえしのつかないこと

人間の汗腺は大人でも子どもでも同じ数あると言われていますが

実際に汗を出す穴、能動汗腺の数は住環境などによって異なると言われています

極寒地方の人と、熱帯に住む人とでは能動汗腺の数が違うというわけです

そして能動汗腺の数は2歳半までに決まると言われています

2歳半までの暮らし方によって、その先ずっと使う汗腺の数が決まってしまうというのです

 

わたしたちの暮らしはひと昔前と比べると格段に便利に、快適になりました

便利で、快適になり、本来備えていたはずの生きる力、生物としての能力も

ひとつずつ、失っている気がしています

 

日本の夏はもう亜熱帯ですね

自然の風でさわやかに過ごすことなど、もう市街地では不可能です

郊外でも、水を張った水田が涼を呼びますが

吹いてくる風の温度はさわやかとは言えません

子どもたちにとっても過酷な環境と言えます

でも、

2歳半までに作られる能動汗腺はとても重要で、

ここまでに作らないと、もうあとで作り直すことはできないのですから

せめて2歳半までの夏、2回、できるだけ夏を夏らしく過ごさせてやることが大事です

(もちろん、その後もずっと、子ども時代はそこが大事です)

 

子どもが汗をかいて着替えるのは面倒ですか?

子どもを追いかけ回す自分も大変なことになりますよね

でも、子どもの将来のため、子どもの体の健康のためと思えば、

着替えや洗濯くらいなんてことないでしょう

第一、汗をかいてうわーーっとなって、さっぱりシャワーでも浴びて

まっさらな服に着替えた瞬間のあの快適さ

あの快適さのために不快はあるのですから

(おむつも同じです)

それを親子で一緒に味わえる幸せ

この上ない幸せです

遊ぶ時は思い切り遊んで、汗をいっぱいかいて、

水分補給をして、冷房は上手に活用して、

夏は夏らしく!亜熱帯を亜熱帯らしく!

 

この、能動汗腺と、思考力の基本となる地頭(じあたま)づくりって、

同じだと思うのです

生まれてから小学校低学年くらいまでの間に、

もう地頭はできてしまい、そこをあとでいじろうにもいじれないのです

地頭がちっちゃくて弱いと、あとでどんなに思考力をつけようとしても、知識をつめこもうとしても

まず身につかないし、

地頭が大きくて強いと、たとえば中学生からの莫大な量の学習にも耐えうる、

豊かな思考力が育ちます

 

それって、別のところにも書きましたが、勉強の先取りや特訓でできるものではなくて、

それこそたくさんの自然体験や親子のかかわり、友達(周囲の人間)とのかかわり、

黙っていても巡ってくる時間や季節を感じる心、

小さいうちしかしようとしない、子どもの神秘的な行動

そういうのを大事にして育てれば、柔軟で大きな地頭がきっと育ちます

好奇心を削がないことです

そして、そんなに豊かとは言えない現代の自然環境の中で、うまく導いてやることです

(昔は文字通り野放しでよかったのでしょうが)

探せば、まだまだ残っているのです

子どもを育ててくれる豊かな自然が

お金をかけなくても

 

大人には面倒くさいし手間がかかる、おとなしくさせておくためのツールもあふれかえっている

でも、本当は子どもはなにをしたがっているか?耳と心を澄ませてみると…

 

さあ、着替えと水筒を持って外へ!

能動汗腺と、地頭をつくりに出かけましょう!

《2013年 6月18日投稿》