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231.YouTubeばかり見ていてもユーチューバーにはなれない

とある小学校で、

消防署に見学に行った時、

消防士さんが「将来、消防士になりたい人!」と聞いたら

し~ん

「それじゃあ、何になりたいの?」と聞いてみたら、

ほとんどの子が

「ユーチューバーになりたい。」と答えたそうです

 

小学生同士の話題も、「ユーチューブ」というワードの出てくること、出てくること

「まだ見てないの?」「今日、見てみるね」

夕べのテレビ番組!というのと違い、いつでも、同じものを見ることができる、

そんな共有の仕方があるそうで、とにかく、子どもたちの周辺の会話には

よく出てくるアイテムのようです

 

スマホやタブレット、ゲーム機を寝室に持ち込み、

夜更けまでユーチューブを見ていて学校で寝不足を訴える子も少なくないとか

そこまで夢中にさせる魅力ってなんだろう

 

大人や大人に近い子たちが好きなチャンネルはさておき、

小学生が見ている動画ってどんなものだろう?

私は全然、知らなかったので、情報を仕入れてからちょっとのぞきに行くと…

なんだろう、

ただ、「なにかしている」動画

ただゲームをしている

ただ外で遊んでいる

ただ実験している

字幕が出て、音楽がかかって、効果音が鳴って、

まるでテレビのバラエティ番組を見ているようで、

でも、テレビより制約がなく、自由度が高いせいか、

勝手気ままな雰囲気と、クオリティの高低差もすごい

なにより、わたし個人的に見て思ったのは、

テレビに出ている人の顔や声の美しさ、魅力ってすごいんだな、ということ

長い時間、その人が喋ったり、何かしたりしているのを見ていられるのは、

動画にたえうるルックスがあるせいなんだな、と、

YouTube動画は途中で、見ているだけで疲れてきました

長くは見ていられません(おばさんだからかな)

 

そして、これのどこが、小学生をひきつけるのかな…考えてみました

 

実業家の堀江貴文氏が、プロ野球団やテレビ局も買える、とテレビで話していた当時、

近い将来、インターネットは、誰でもテレビ番組を作れるツールになる、

と言っていたのを思い出します

自分で撮影した動画を、インターネットで配信して、ある程度視聴者がついて、

それに広告主がお金を払うだろう、と

司会のタレントは「想像もつかない」と遠い目をして反応していたし、

聞いている私も信じがたかったけれど、

実際、まさに、今の時代にその通りになっています

 

かつて、「ハンディカム」という8ミリビデオカメラが大流行した時、

学生時代、やっとのことで入手したそのカメラで、

(スキーのフォームチェックのためという大義名分…)

私はよく、「何気ない光景」を録画しては、あとで被写体みんなで見て楽しんでいました

たとえば、友達の部屋でカードゲームをしている光景、

飲み会をしている光景、ものまね大会をしている光景、

ドライブしているところ、高原でお弁当を食べているところ…

色々な観光地でジャンプした瞬間止めて、次の場所で着地するところから撮影すると、

瞬間移動したような映像が撮れたり…

字幕を入れられる機能があったので、時々それを使ったり…

(当時の私の友人たちは、うんうん!と苦笑しながら思い出していることでしょう)(笑)

 

今や、ハンディカムは見かけないけれど、

ほとんどの人が手元に写真、動画を撮影できる端末を持っている時代ですから、

そんなことは誰でもできるのですが、

当時はあまりそんなことをしている人はいなくて、

でも、

誰か他の人に見せる目的なんかなくて、

ただ、私が録画して、時には固定して自分も映りこみ、

それを、後日そのメンバーでただ見るだけ

今ならそれを、SNSにでもアップして、または、

世界中に発信するサイトにアップして楽しむのでしょうか

 

自分たちで見れば確かに面白いのですが、

他人に見せるのはこっぱずかしいし、当事者以外が見て何が楽しいのだろ、と思うので、

(ほらほら、よく、よその家の子どもの成長のビデオを見せられる苦痛とか言われている…)

今の流行にはいまいち共感できないのですが、

ああ、そうか、と思ったことがひとつ

 

一緒に遊んでいるつもりになれるのか、と

 

やっぱり、子どもたちは遊びたいんだ、って

誰かと一緒に遊びたいんだな、って

それが、なかなかできなくて、

動画を見て、楽しんで、まるで自分も一緒に遊んでいるような気持ちになって、

それで満たそうとしているのかな、って

それだから、芸能人である必要はなくて…

 

わたし自身、楽しみ方がわからないのでいい加減な分析なのかもしれませんが、

もしかして、この方の言っていることなら

小学生や、その周辺の人たちへの説得力はあるのかな

 

スマホは中学生まで持たなくていいと思います。

ゲームや動画で満足して、遊び方がわからなくなりそう。

僕はめっちゃ外で遊びました。

ガラケーを持ったのは高校で、スマホは大学に入ってから。それくらいでいいと思います。

子どもの時に体を動かして、モノを作ったり、足を運んだりする経験が大事です。

SNSでは、嫌な情報を公開されるリスクもあります。

情報を開示した責任は自分にあって、一度出た情報は取り消せないので、

出てから後悔しても遅い。未然に防ぐしかないです。

その意味で、SNSは危険いっぱいの代物です。危険性を理解した上で使うのが大事です。

(ユーチューバー はじめしゃちょーさんのインタビュー記事より)

こちらが全文

 

ゲームもテレビも、スマホアプリも、動画サイトも、インターネットそのものも、

それらの開発者さんは最初から、

小さな子どもたちの生活リズムを乱してやろうなんて、

昼夜逆転の不登校児を増やしてやろうなんて、

視力を悪くして眼鏡屋さんと一緒に一儲けしようなんて、

子どもの情緒を不安定にさせてキレる子を増やそうなんて、

勉強嫌いの子を増やそうなんて、

望んでいるはずはありません

 

開発者さんたちや、人気ユーチューバーさんたちの思考力や、発想力、行動力は、

凡人ではない、素晴らしい才能に溢れているし、

自分の力を存分に発揮なさっている

 

そういった大発明の恩恵を、「楽しむ」という形で本当に受けとめることができるのは、

早ければ早いほどいい、というわけではなくて、むしろ、

はじめしゃちょーさんの言うとおり、

実体験がたくさんあって、本物の交流がたくさんあって、外でめっちゃ遊んだ上での、

その世界

満を持して!ということなのではないでしょうか

 

ほんのいっとき、「静かにしていてくれるなら…」と与え始めてしまったスマホやゲーム機、

それでも、開発者さんや出演者・制作者さんの才能は子どもの好奇心などすぐにさらっていきます

本当は、

野山に連れて行って1日放置しても同じ反応をするのですが、

エアコンの効いた快適な家の中で、同じ様な「楽しみ」を味わうことができたら、

わざわざ汚れたり、虫に刺されたり、遠くまで出かけたりせずに楽しめる方を

大人でも選ぶかもしれません

「野山なんかいやだ、何にもないし、汚いし、めんどくさい」って

そんな子どもも珍しくありません

(子どもの本音でしょうか?もしかしたら、親御さんの気持ちの代弁かな?)

そして、ずるずると、はじめしゃちょーさんの言っているような、

「危険性を理解した上で使う」という原則も、揺らいだままになっています

 

とにかく、ユーチューバーや、ゲーム開発者になりたい小学生に言いたいのは、

ユーチューブばかり見ていてもおもろいユーチューバーにはなれない、ということ

ゲームばかりしていてもゲーム開発者にはなれない、ということ

ユーチューブで見た面白いことを動画に撮ってユーチューブにアップしても、

それはただの真似っこで、ユーチューバーではありません

 

そして、はてさて、今から10年後、6年生が就職する頃に、

ユーチューバーという職業は、どっちに転がっているでしょう

きっと、

はじめしゃちょーさんのような方は、

その時に、また、自分の才能を生かすことができる仕事の仕方を、

いち早く見つけ出しているのだと思います

それが、本物の思考力を持った人の、人生を楽しむ生き方なんだろうな、と

《2018年 6月7日投稿》

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