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120.【ゲーム紹介】たしざんゲーム

どんぐり学舎にはたくさんの「ゲーム」が置いてあります

子どもたちはめいめい、自分の「すき間時間」に

ゲームを楽しんでいます

対戦型もあれば、ひとりでじっくり取り組むゲームもあり、

瞬発力が必要なゲームもあれば、

ゆっくり時間をかけて戦略を練れるゲームもあり、

黙ってもくもくとするのも、声を出さないとできないのも、

とにかくわたしが実際にやってみて「これは!!」と思うゲームを

厳選して多様に揃えているので、色んな学年の、子どもたちそれぞれにとって、

きっと、ひとつはお気に入りがあるに違いありません

ゲームといってもこれらのゲームは全て「アナログゲーム」

いわゆるvideo gameやcomputer gameとは違います

我が家の子どもたちも

ゲームといえばこれらのゲームのみで育ち、

今でも家族で楽しんでいます

最近、

家での楽しい過ごし方はないですか?という質問が何通が寄せられたので、

これから時々、

どんぐり学舎にあるゲームをご紹介していこうと思います

 

今日、ご紹介するのは

たしざんゲーム

くるり、とひっくり返る木製の数字のプレートと、

ふたつのサイコロ

ルールは簡単です

 

①じゃんけんで順番を決めます

②最初の番の人から、まず、ふたつのサイコロを振ります

③ふたつのサイコロの目を合計します

④合計した数と、同じ数、または、足すと同じになる2枚のプレートをくるりと返します

⑤続いて、同じ人がまた2つのサイコロを振ります

⑥出た目の和と同じ数か、足すと同じになる2枚のプレートを返します

⑦返せるプレートがなくなったらおしまい

⑧返しきれなかったプレートの数の合計が自分の得点です

⑨次の人の番です

⑩全員で、得点を出して、一番少ない人が優勝です

 

たとえばサイコロを振って、「5」と「2」が出たら、

和は7ですから、

「7」のプレートをくるり、と返してもいいし、

足すと7になる「3」と「4」、「1」と「6」などの2枚を返してもいいのです

3枚返してはいけません

こればっかりは出た目の運と、

どのプレートを返すか、という直感のみで

スピード勝負ではないですから、

一桁の足し算ができる年齢の子同士なら学年関係なく遊べます

 

高学年になると、四則全て使っていい、

という特別ルールで遊んでいる子もいます

引き算でもかけ算でも割り算でもいい、というわけです

 

足し算だけでも結構おもしろい

でも、

四則解禁にするとさらにおもしろそうです

年齢差のある親子でも家族でも、みんなで楽しめます

 

どんぐり的には

「補数」の、考え方、というか、数字体験、が楽しくできるように思えます

幼稚園や、小学校1年生で、「足し算できるよ!」と、得意げに言っていても、

ただ「2+3=5」とかいった式が言えて、書けるだけで、

そのもっとまえに習得すべき数字感覚がない子が多くいます

2+3=5

という式の中にある、いろんなことを、よくわかっていない、という状態です

2と3を合わせると5になるんだな、ということ

5は、2と3を合わせた数なんだな、ということ

5から3をとったら、2が残るな、2をとったら3が残るな、ということ

などなど

そして、等式を書くならば書くで、等号のとっても重要な意味を、

最初にもっとぐぐっと理解させておきたいのです

ただの「は(わ)」じゃないぞ、ってことを

 

※いま、中1が一次方程式を勉強しています

  正負の数からそうですが、中学生の数学の理解の速さと深さは

  この、小さい頃の数字感覚によって差が出るのを毎年実感しています

 

「2」や「3」や「5」といったただの記号でしかない「数字」を知るより前に

「●●」「●●●」「●●●●●」という数体験をたくさんしていることが

重要だと考えているので、

小さい子が「計算できるよ!」と

得意げに計算式を言ったり書いたりしてみせるのを見ると

「わ~ かわいそうだな~」と内心思ってしまいます

それは、文字も同じですけれど

 

未就学児を育てている親御さんはその辺りを意識して

数感覚や数体験を豊富に積む前に計算式を教えてしまった方は

そこで養えなかった部分をどうにかして育ててあげたいですね

 

幼児期から反復・スピード・たたき込み学習で算数を勉強させられてきた子がいました

どんぐりを始めて、ゆっくり、じっくり考える習慣はなんとか身についてきましたが、

高学年になるまで10の補数を考える時に手指が必要でした

いいんです

手指を使うことは間違っていません

でも、高学年になるまでその感覚が、

どんなに丁寧に寄り添っても、時間をかけて待っても、

身につかなかったことに対して

わたしは考えました

どんぐりを始める前、嫌がるその子に無理矢理親御さんがさせていたことを聞くと、

本当にすべき時にすべき体験がなかった、

そのかわりにその子が本能的に拒否するほどいやな体験を

数字に関して、させてしまったのだな、という結論に近づきました

とにかく、自分では払拭できないのであろう「トラウマ」のようなものが

その子にはへばりついていると感じられました

 

「よかれ」と思っても、間違ったことを強制すると、

あとあと取り返すのに親御さんは大変な苦労を要することになりますが、

それより悲惨なのは、

自分のせいじゃないのにその能力を奪われた子どもたちが

「できない」ことで親御さんに責められることです

 

あ、でも、間違ってもこのゲームを

足し算力強化のために使わないでくださいね

その意識が、きっと、子どもを追い詰めるのですよ

 

わたしが主にゲームを買っているお店はモモさんです

近くの方はぜひ

遠くの方は、このゲームを買いたい、と

問い合わせしたら買えるかもしれません

どんぐり学舎のブログを見た、というと

話が早いかもしれません

どんなゲームを紹介したか、連絡してあります

心を育てるおもちゃMOMO

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