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225.新緑を抱く、大木の根のように

4月

新年度

新学期

 

子どもたちは新しい教室に向かい、新しい先生に出会い、

新しいクラスメイトと過ごし始めました

 

親御さんたちも、新しい先生の様子を見て、これからのこと、

考えていらっしゃる頃かと思います

 

家庭学習は家庭の責任です

生活全般について、食事中のマナーや、対人マナーも、

家庭の責任であるように

 

ただ、それだけのことを、しっかりと伝えて、

宿題で子どもの思考力を破壊したり、

親子関係や大切な放課後の自由時間を崩壊させたりするのは

避けたいですね

 

ただでさえ、学校では、子どもたちを統率するために、

子ども本来の自由さ、気ままさを許さず、

とにかく一律にまとめようとあの手この手でいろいろな指導がなされています

 

少し待ってあげればできるのにな…

最初からそんな風にしめつけないで信じてあげてほしいな…

外部から見ればそう感じるようなことも、

たくさんの子どもたちを「まとめる」ために学校の先生達が考えた策は、

もう、どうしようもないことなのかもしれません

(本当に、人の話を聞かない、周囲を思いやれない子どもが多いのは事実ですから!)

 

新学期始まってすぐの、

次女(6年生)の算数の復習テスト、裏面の少し難しめの問題で、

次女は理路整然と3つの式を立てて、正答を導き出していましたが、

添削では「×」

それは、模範解答は式をひとつにまとめていて、次女はその式を3つに分けていたから

全く同じ式なのですが、次女は3段階に分けて、思考順に式を立てたからです

(写真を載せようと思ったのに破棄してしまいました…とほほ)

それでも、先生の評価は、「×」なのです

 

このような例は珍しくはなく、いちいち先生に質問したり相談したりすることも

よほどでない限り、今はしていません

新学期早々、どういう先生なのかよくわかりました、という程度です

ただ、子どもとはよく、よーく、話をしています

あなたの方法は、正しい

全く間違っていない

×ではない

しっかりと考えられていて、何も間違っていません、と伝えます

Qノート(わからん帳)行き以外は見たら破棄するので、

100点でもその日のうちにゴミ箱行き

だから、「間違ってないなら貼らなくていいか」とすぐに破棄してしまったのでした

 

親がどっしりと構えることです

それには、親が勉強し続けること、アンテナをはり続けること、

そして、

不安な気持ちを(子どもの前では)表に出さないことがなにより重要です

 

4月、親御さんからの連絡が相次ぎました

「新学期になって、疲れているようです」

「家に帰るとぐったりしています」

「だから、ちゃんとどんぐり問題ができないかもしれません」

 

大丈夫ですよ、そんなことは私に伝えなくても、言葉にしなくても、

心配は要りません

 

私は、随分長いこと、子どもたちを見続けてきました

何月に何があって、その頃こんな風に子どもたちがなりがちだ、などと、

これまでの傾向も覚えています

それだから何を対策するか、ってこともなく、

何月だろうと、その子にとって何かあった場合には異変を感じることもありますから、

私は、基本的には一年間、まったく態度を変えずただただ、子どもたちを待っています

 

まだ未完成でお披露目できないのが残念ですが、

庭に移転した新しい教室は、

ドアを開けたら庭なので、

私は、ドアの近くに座って、教室になかなか入ってこない子どもたちを見守ります

庭にはいま、ヒヨコが3羽いて、子どもたちはヒヨコに夢中です

 

さてと、と私が机に向かうと、誰からというわけでもなく教室に入ってくる子どもたち

教室にクロッキー帳の入ったバッグを放り投げて庭に出ていた子どもたち

それぞれが、バッグを持って好きな場所に座り、

どんぐり問題を始めます

 

1問、じっくり取り組んで、それでおしまい、となってもいいじゃないですか

「今日は1問しかできなかったよ、しかも、お宝…」と

しょんぼりする子に、

「いいじゃない、いいじゃない、なにがいけないの」と笑って言います

 

大人は、不安な気持ちを前向きな方向に転換させることが、できるはずです

疲れているんだな、学校で大変なんだな、と感じても、

子どもの前では言葉にしなくていいのです

そんなことより、家が安心できる場所で、家が楽しければ、

ちょっとくらいのことで子どもは負けません

 

理由はわからないけれど、目を腫らして教室に来る子も時々います

寝ていたのか、泣いてきたのか…

無理しなくていいのに…とぎゅうっと胸が苦しくなると同時に、

いつもよりゆっくり、やわらかく声掛けをします

 

ねえねえ、あのね、どう思う?って、学校ともどんぐりとも全く関係のない質問をしたりします

しょうがないなあ、って私のために真剣に考えて、答えようとしてくれます

 

あれ、これってどうやるんだっけ、と作業の手を止めると、

みんな寄ってきて「貸してごらん!!」って代わってくれます

やいのやいの言いながら、みんなで作業を仕上げてくれます

 

私は黙って、任せます

本当は私があとですればいいのだけど、子どもたちに任せてみたりします

 

それから、ゆっくり、どんぐりを解く子どもたち

 

どの子の作品にも、その時のその子が表れます

どの子の作品にも、私は心を動かされます

 

すごいね、っていう言葉は言わないようにしています

糸山先生も、おっしゃっていたので

 

私はまず、子どもたちの作品を味わいます

それが正答でも、誤答でも

「わああ…」

子どもたちはそんな私を不思議そうに不安そうに見ているけれど、

それでも、誇らしげです

「素敵だね」

私がよく使う言葉です

だって本当に素敵なんだもの

 

子どもたちはみんな、それぞれの環境で、小さいなりに一生懸命がんばっています

新しい環境に自分をあわせようと努力している子もいるし、

合わせられなくて苦しんでいる子もいるでしょう

 

ただただ順応するのを待てばいいケースもありますし、

親が奮起してどうにかしなくちゃならないケースもあります

 

それは、本当に、それぞれの、子どもと、その環境によるので、ひとことでは片付けられません

 

ただ、共通して言えるのは、

親はどっかり構えていること

心配いらないよ、ってがはは!って笑って迎えること

全然関係ない話や、作業で、子どもたちを癒やすこと、楽しませること

 

宿題を完璧にやらせたり、忘れ物をして先生に叱られた子をさらに叱ったりするのが、

親の役目ではありません

 

親だけは、

急がせない、強制しない、失敗も許す、笑顔で抱きしめる、くだらないことで一緒に笑い続ける

 

そんなことができるのです

 

不安な気持ちを、子どもに伝えても、…伝えようとしなくても伝わってしまうから、

そこは役者になり…

子どもは親の不安を自分の不安に重ねて、

どんどん、どんどん、重い日々を過ごすことに

 

そんなかわいそうな目に、遭わせなくて済むように

 

大人になって、残るのは、「厳しくされてできるようになったこと」ではなく、

「許してもらった失敗」の方なのですから

 

春ですよ、

固かった木の芽が、やわらかく、ほぐれて

明るい色の新しい葉が、日々成長しています

街路樹でも、公園の樹でも、立ち止まって見てみてください

新緑の葉は、まるで子どもたちのように、

傷つきやすく柔らかいまま、それでも太陽をめがけて精一杯に伸びています

みんなでいっせいに

そっと両手で包むと、なんだか温かい

感触も感じないくらい柔らかいけれど、確かに葉脈には水が流れ、光合成も始めている

小さくても、立派な樹木の葉なのです

 

大きくなあれ!どんどん伸びよう!

私たちは大木のように地面に根を張り、

若葉が伸びるのを見守ろう

風が吹いても、雨が降っても、地面のことは心配しないでね、って

しっかりと根を、まだまだ地中深くへ伸ばしながら

《2018年 4月29日投稿》

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