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217.お店が、ない。

我が家から、子どもが、自力で、

買い物に行けるとしたらコンビニが1㎞以内に数軒ありますが、

低学年が歩いて行くには遠いかな…という距離です

しかも、コンビニ

なんでもあるけれど、コンビニは、コンビニ

 

文房具や、駄菓子、そして、店の人との交流は豊かではありません

忙しい人たちのために、便利に、と存在するコンビニ

子どもたちの暮らしの中に、必須ではないはずでした

 

私は新興住宅地で育ったので、

記憶にあるだけでも、子どもの徒歩圏内に大きなスーパーマーケットが5店舗

(生協、とりせん、マツセー(現フレッセイ)、ヤナイ、アローワン)

大きな電器屋さんが2店舗

(いせや電器(現ベイシア電器)、コジマ電器)

商店街には薬屋さん、本屋さん、靴屋さん、自転車屋さん、ケーキ屋さん、

家から商店街に歩いていく手前の角には交番

商店街と反対方向に歩いていくと、お肉屋さん、八百屋さん、そしてまた自転車屋さん、

学校の前には駄菓子屋さん、(つくい)

最初は1軒、反対側の門にもう一軒(ピーターパン)、

「ファンシーショップ」なる店が最も重要で、

毎日小学生女子が通ったのは「ファンシーショップキムラ」

それから、他にも数軒、たぶん、各町内にあったのですね

それはもう、行けば必ず誰かがいました

お店のおばさんともみんな顔見知り

店内にいた看板犬たちも、みんなで可愛がっていました

大通りには、5階建てくらいのビル(もっと低かった?)のおもちゃ屋(ギャムズ)

そこは、1階がファンシーショップで、女子はせいぜい2階くらいまで

もっと上にあがると、モデルガンとか、ラジコンとか、テレビゲームとか…

あまり興味のない世界が広がっていて、男子はもっぱら上にあがっていました

反対側のバス通りには文房具屋さん(クオレ 現存します)

そのバス通りには美容室が数軒

中でも私が行っていたお店(髪風船 現存します)は、

いつ行っても先に誰かしら知り合いがいて、

待合いの椅子で小学生女子が並んで『女性自身』とか読んでいました

他にもたくさん、歩いていける範囲にいろんなお店がありました

そうだ、手芸専門店もありました

毛糸や、フェルトを買いに行きました

記憶の奥に沈んでいるお店もあります、きっと…

そして、大きな公園がひとつ(中居公園)

ちゅうくらいの公園がたくさん(道林公園・つばき公園その他…)

 

幼稚園の頃はきっと、親と一緒に町を歩いていたのでしょうけれど、

小学生になったら子どもだけでもちろん遊んでいましたから、

特に約束もしなくても、公園や小学校の校庭に行けば誰かいたし、

小銭を握って文房具を買いに行けばお店に誰かいて、

そのまま遊ぼう、ってなることも日常

髪を切る時は、少しまとまったお金を親からもらって、自転車でのりつけて、

高学年になって、たまに「まち」(駅周辺の市街地のこと)に行く時には、

バス代と少しのお小遣いを持って家の近くのバス停でバスを待ちました

 

こんな話をすると、隣の農村(憧れと敬意を持ってあえてこう呼びます)で育った夫は

「そんな環境、特殊だよ」と言うのですが、

確かに、当時、群馬県で最も児童数が多かった私の小学校を考えると、

ほとんどの世帯に同世代の子どもがいて、もちろんその家族がいて、

そりゃ、スーパーマーケットは5軒あってしかり、

スーパーがあるのに肉屋や八百屋がいくつもあってしかり、

駄菓子屋が何軒もあってしかり、

小さな自転車屋さんだって、のんびり商売していても生活が成り立ったのでしょう

 

でも、今ではその5軒のスーパーマーケットで、現存するお店はありません

まだまだ現存するお店もあるけれど、ほとんどのお店はいつのまにかなくなってしまいました

 

これは、私の町以外でも、きっと同じ事なのでしょう

 

我が家から、わが子が歩いていけるところにお店はありません

文房具や、お友だちの誕生日プレゼントの小物や、駄菓子さえも、

本も

「りぼん」とか「なかよし」とか、今のJSは読まないのかな

ファンシーショップでスタンプをあつめることもできません

それどころか、自転車通学の中学生の長女にとって、

自力で乗り付けられるところに自転車屋さんがないのが、

親としても大変困っていることです

重い荷物を背負って毎日乗っているので、パンクもします

中学校は「自転車屋さんで点検をしてもらうように」とかいう通達を出しますが、

販売店まで自転車で行くのは困難で、

仕方なく車に乗せていきます

パンク修理は夫が随分得意になってきました

それでも、放課後に、「明日どうしよう」という事態が多々あり、

「お母さんが子どもの頃は、

自分で自転車屋さんまで転がしていって直してもらえたのに…」と

嘆いてしまうのでした

 

仕方ないんだろうなあ…

お店は、ボランティアではやっていけないもの

ギリギリまで、きっと、町の人たちのために頑張ってくれて、

でも、私たちが大人になる頃には、ほとんどのお店が消えている…という…

団塊ジュニアのせいで、ふくらんだ町は、しゅるしゅるとしぼんで…

ニーズは郊外の大型店へ

かつてあったはずの「よろずや」的な商店も

なくなってしまい

コンビニだけが、頼りになってきました

 

子どもだけで、勝手に、買い物に行ったなあ…と、

思い出すと、今のわが子たちの経験の少なさを哀れに思います

最寄りのスーパーは無人レジに

100均はいくつ買ったらいくらになるか、容易に概算できます

コンビニも、無言で買い物できるし…

文房具屋さんや、本屋さんで、

自分だけで行って物色してなかなか決められないことも、

親と行くと気を遣ったり、せかされたりで経験できないんですね

駄菓子屋さんも日常生活には存在しないし、

理想的なお店はなかなかなくて、

大きなモール内に昭和感を醸し出す演出がされた駄菓子屋があり、

そこへ2,3度、放ったことはあったけれど…

ちがう、ちがう、そんなことを経験させたかったわけじゃなくて…

近所の人がみんな顔見知りだってこと、

お店の人が自分をわかっていてくれるってこと、

子どもだらけで、名前こそ覚えてもらえなくても、

ちゃんと人と人との応対が当たり前だったこと

 

だから、私が長年通う美容室にわが子たちもお世話になっており、

小学校高学年からは店先で子どもを車から降ろし、

自分で美容師さんと話すようにしてきました

美容師さんも私と娘たちを知ってくれているから、その信頼関係もあるのですが

 

スーパーで買い物をする時も、かならず

お願いします、ありがとうございます、と私は言ってきました

黙って商品を突き出したり、お釣りを受け取ったりはしませんでした

工事現場の赤い棒のおじさんにも頭を下げてしまうし、

スキー場のリフトの係の人にも「おねがいしまーす」って必ず言ってしまう私ですが…

 

それを見続けてきた娘たちが、どうしていくのかはわかりませんが…

 

いつかどんぐり学舎の建物が建てられる時がきたら、

昼間は子どもたちのための文房具と駄菓子屋さんを開きたいな

駄菓子屋さんのお菓子は自分で作っちゃおうかな

日替わりで、今日のおやつはこれだよって、限定にしちゃおうかな

ごめんなさいよ、カードや電子マネーはつかえません

小銭握っておいで

放課後、おやつを食べにおいで

あ、パンクを直せるおじさんも常駐していますよ

夢はふくらみます

 

ないから、ダメだから、って悲観しない

でも、自分が嬉しかった経験や、自分を豊かにしてくれたかもしれない経験は、

子どもたちにもちょっとでいいから、浴びせたいな

農村で育った夫の、自然体験も我が家の宝物です

《2018年 2月9日投稿》

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