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146.でもやっぱり、賢い子に育ってほしい

先日、平日の昼間ですが、買い物をしていたら、

店内の、高いところにある品物をとるために置いてある小さなステップに

3歳か、4歳くらいの子が座っているのを見つけました

周囲に親はいません

広い店だったので心配になりましたが、

近づいてみるとその子は

携帯型ゲーム機に夢中になっているところでした

品物の棚の前に座っているので、その後ろの商品を見ることができず

その子に覆い被さるようにある商品をわたしはとるしかなかったのですが、

周囲をもう一度見渡しても親の姿はありません

その子は、ゲーム機に夢中になるあまり、

周囲は全く見えていないし聞こえていない様子でした

わたしがかなり近くまで寄っても、頭上の商品に手を伸ばしても、

見向きもしないのです

普通、見知らぬ大人が近寄ってきたり、至近距離に入ってきたりしたら

警戒したり、なにかな?と興味をもったりする年齢かと思います

店内は空いていて、危険な場所でもないのかな…と一応気にしながらも

その子を離れました

数十分後、わたしがレジに並ぶと、その子は母親とレジにいました

母親は大量の商品を篭に入れて、支払いをしているところで、

子どもはレジの台に寄りかかって、床に座ったままゲームをしていました

母親は精算が終わると袋詰めのテーブルに移動したのですが、

子どもは母親が移動したことに気付きません

レジはわたしの順番になったので、

今度はわたしがレジ台の前に立ちましたから、

その子はわたしの足もとに座ってゲームに興じているという図になりました

さきほど同様、やはり、母親がいなくなってわたしに取って代わったことにも気付かず、

目はまっすぐに小さな画面を見つめ、

小さな手は小さなペンのようなものを持って、画面をちょこちょこ触っていました

わたしも精算が終わり、袋詰めのテーブルに移動し、さ、店を出よう、と歩き出したところ、

その子はわたしの動きを母親と勘違いして、急に大声で泣きながら後追いしてきました

母親はまだ袋詰めをしています

「こっちだよ」と笑って呼び止める母親に抱きついていき、その子は安心したようでした

わたしが駐車場で荷物を車に入れていると、

その親子はやっと店から出てきました

小さな男の子は母親にしっかりと抱っこされ、両手を母親の首に回してしっかりと密着していました

よかったよかった、とほっとすると、

その子は、母親の首に回した両手の先でゲーム機を操作し続けていました

母親はその子を抱えたまま隣の店に入っていきました

きっとまたどこかに座らされ、ゲームをしながら買い物を待つのでしょう

 

この光景を、

恐ろしいな…と思って見ている人はわたしの他にいないのかな?と周囲を見渡すと、

大人も、若者も、みんな小さな画面を見ながら歩いたり、待ち合わせしたりしていて、

誰も周囲を気にとめてなどいません

見上げると、

空は高く、いつのまにか秋の雲

残暑の厳しい日でした

でも、

この広い空の下、ひとは、いつのまにか手元の小さな画面から

なんでも手にはいるような錯覚をさせられたまま、

周囲との繋がりも断ち、生まれて数年の子をも機械に子守をさせ、

あたたかな、ささやかな、当たり前の体験もしないまま成長させてしまう

 

でも、言うんでしょう?

彼が中学生になったら、思うんでしょう?

なんで勉強しないの!

なんで成績悪いの!

なんで逆らうの!

 

そりゃないぜ、お母さん、お父さん…

 

伸び伸びと育ってくれればいい、

あれもダメ、これもダメ、なんて、極端な制限をかける子育てなんて好きじゃない

世の中の流れにうまくのりながら、機械も塾もうまく活用しながら、

なるようになるさ~でやっていきたいの~

 

ああ、そうですか…それならそれで…

一番大事なところもちゃあんと、育っているか確認しながらで、お願いします

 

一番大事なところ、それは「心」です

 

「心」が健全に育っていると、

子どもは、

好奇心旺盛です

人にも物にも自然にも興味津々です

言葉や数にも興味津々です

人の話をよく聞くし、小さな変化にも敏感に興味を持ちます

なぜなんだろう、

ああ、そういうことか!と、

幼い頃からまるでその姿は科学者か研究者のよう

 

「心」が健全に育っていると、

子どもは他人を攻撃しません

小さな生き物からお友だちから親戚や近所の赤ちゃんまで、

みんな大切に思い遣ります

家族のこともとても大事にします

 

早期教育の熱が

都会では再燃しているようです

幼児はスーパー吸収マシーンですから、

それなりの「お教室」に入れると、大人とは比べものにならないくらいの

習得スピードに、みなさん勘違いなさるようです

うちのこ、天才!?と

経験のある方は、封印していないで、思い出してください

乳幼児向けの英語セットや、フラッシュカード、漢字や計算をさせていて、

当時「天才!?」って思ったことがある方は

今はどうでしょう

 

うちだって、字も読めないのに、好きな絵本のキャプションを一文字違わず暗記して、

ぬいぐるみに対し、母親の真似をして絵本のページを繰りながら読み聞かせしているのを見て

びっくりしたことがありました

今でも大好きなその絵本を手に取るとそのエピソードをよく話すのですが、

もちろん、ほとんどその文言など覚えていないんですよ

「うちのこ、暗記力が!」と勘違いして、

そこの部分を鍛えようとしたら、どうなっていたのやら

 

それはそれ、として、

心豊かに育てることも忘れていないわ!という親御さんもいるでしょう

でもね、

わたしがこれまで出会った、「早期教育をしてきて、優秀で、かつ心も豊かで美しい子」の家庭は

驚くほど親御さんが成熟なさっているケースばかりです

一言で言うと、「妥協をしない」

そして、子どもにそれを気付かせない

正直、滅多にお目にかかったことはありません

そして、たぶん、簡単に真似できるものではありません

かなりの経済力も必要です

だって、「早期教育」で終わらせたら意味がないのですから

「継続」しなければなりません

まさにスーパーペアレンツ、スーパーファミリーと言ったところ

 

わたしは凡人で、スーパーペアレントにはなれそうにありません

だから、

誰にでもできる、簡単な方法で、心豊かに、

かつ、賢い子を育てる方法を見つけようとしてきました

職業柄それは永遠の課題でもありますが、わたし自身がまだまだ子育て中だからです

それは逆にお金もかからず、ストレスフリーな方法なのです

 

「賢い子を育てる」

なんていうと、前述した「早期教育」と同じ棚に並べられそうですが、

でも、みんな、本当はそこを一番はっきりと思い描いているのではないですか?

伸び伸び育てばいいの

といいながら、小学校入学と同時に計算教室に入れたり、

テストの点数がよくない、と子どもを叱ったり、

中学生になれば勉強しろしろとヒステリックになったり、

果ては、子どもの進路で親が心労を重ねる

中には、体育の授業で試走タイムが悪い、と叱る親も、

美術の絵の点数が低い、と絵画教室を探す親もいるかもしれませんが、

みんなが一番実は気にしているのは、「勉強ができるかできないか」の部分で

それはなぜかというと、自分自身の学歴コンプレックスや、逆に、プライドや、

すごくわかりやすくランキングされた中に私たちはいて、

子どもが勉強を始めるとどうしてもそのランキングのどこにいまいるのかということが、

まるでテニスやゴルフの世界ランキングのように気になってしまうから

別に気にしてない、と言いながら、どうしても払拭できない親のその序列感覚が

「子どもの勉強」にはつきまとうんですね

 

もう、やめませんか

堂々と、言いませんか

「子どもを賢く育てよう」って

「賢く、心豊かに育てたい」、って

賢いってなんですか

勉強できる、と同じですか違いますか

恋愛=結婚じゃないわっ的な理論と同じで、

勉強できる=頭がいいとは違うわっと

よく話題になります

 

先日…信号待ちをしていたらその交差点にある進学塾の窓に

「100点」「98点」「97点」…とたくさんの貼り紙が

塾生が期末テストでこんなにいい点数をとりましたよ、というアピールでした

正直、わたしの心は微動だにしないのですが、

世の中、これが「頭がいい」のわかりやすい形なんだろうな

これを見て「わっ!!こんな塾にうちの子を入れたらもしかして…」と

それはわかります

テストの前に無制限で教室に呼び、対策問題を繰り返しさせ、

なにからなにまで特訓して臨めば、中学の定期テストくらい100点はとれます

大事なのはそれが「やらされた特訓」なのか「自分で獲得した手法」なのか

そして、頭が沸騰するほどそのテストの為に対策をして(させられて)満点をとってしまったら、

二度とそこを復習することもなく自信満々で先に進んでしまうんだろうな~と

わたしの経験からすると目に見えるようです

「わからん帳」に貼る問題もないんですからね

これじゃあ、本当に賢い子は育たないのです

 

自分で獲得する手法とは

それは、自ら学びとる力、意欲

どこで育つのか

それは、小さな頃から

 

与えないこと

 

溢れている無制限で無防備な情報に子どもを晒さないこと

それはテレビ

親が言葉を大切に扱い、愛情を持って言葉でつないでいくこと

子どもは驚異的な吸収力で、あっというまに覚え、

それによって他の、本当に覚えてほしい言葉を入れるすき間を減らします

テレビからは、言葉だけでなく、視覚で様々な手本を見ることになります

幼児向けだから、大丈夫ですよね?とかつてよく相談された、人気アニメ

たいてい、「たたかいのシーン」があります

正義の味方が、悪を征伐するのです

暴力で

小さな、あどけない幼児が、「ぱーんち!」と叩いてくる度に、

この子も見てるな~と気付いたものです

そんな言葉、テレビがないわたしの家の子は知らなかったし、

パンチする行為ももちろん見たこともなかったことでしょう

 

ゲームはもってのほか

あんな小さな画面で、今度は自分の操作により世界が動くという体験ができます

反応のないテレビより悪いです

(反応がないからテレビっこは周囲の動きに鈍感で、身勝手にスイッチを切り替える特徴があります)

体の筋肉は一切動かさず、

戦ったり、ひろったり、さわったり、走ったり、

冷静になって考えてみてください

そんな体験が、子どもにとっていいわけがありません

頭を使っているからいいんじゃないの?と思う方、

子どもは、頭だけを使っているんじゃダメなんです

頭も成長していますが、一番成長しているのは、体です

生まれてから7歳くらいまでは、

頭の成長より体の成長に重きを置いて環境を整えなくてはなりません

体を動かすために脳が働くのは当たり前のこと

自分の足をどう突き出したら、どこまで体は進むのか

この右手をどこまでひねったら、体はどこまで曲がるのか

大人からしたら「そんな当たり前のこと!」ということを、

子どもはまさに、今の瞬間、瞬間で獲得している真っ最中なのです

言葉で説明したって、よくわからないでしょう?

よく言う、喧嘩をして痛みを知る、と同じ理論です

それを邪魔したら、あとあと大きな欠陥として発覚してくることは目に見えています

自分の体が、自分の思ったとおりに動かせること

それは、脳を自在に操れるということです

それは、あとあとの、勉強に関しても、ずっとずっと影響する大事な力です

 

「これはいかん!」というものを排除しただけで、

子どもは自分の力で獲得していきます

ここでさらに

本当に賢い子に育てたいなら、

そして、心豊かに育てたいなら、

ここからは親の手腕です

 

難しいことではないけれど、大人が生活習慣を変えるのは重い課題かもしれません

でも、

子どもを賢くするために!って思ったら、なんでもできそうではないですか?

 

言葉づかいに気をつけて

特に夫婦、親子(祖父母)、友だちとの大人の会話

全部聞いてます

全部手本になってます

親の前だと発しませんが、わたし、みたいな他人の前で本領発揮する子どもたち

家の中が見えてますよ~(笑)

 

知的生活を

テレビ・ゲーム・スマホは当面不要です

親がどうしてもしたいなら、子どもが寝てから

子どもの前でしない

手本になってます

あ、賢い子に育てたいなら、ですから

それをやめられないなら、中学生になって勉強できなくても文句なしで

 

自然遊びを

これは全ての鍵を握っています

先日、ある番組の教育特集で、

高学歴な子を育て上げた母親が「なにをさせてきたか」という紹介があり、

人気は「スイミング」と紹介されていました

水泳教室の指導者が、「水の中で体のバランスを…」とかなんとか、

知能が高くなる、的なことを話していました

赤ちゃんにスイミングかあ…塩素漬けか~…

で、水の中の体の…???難しいこと言ってるけど…

家でもできます

お風呂で散々、遊びました

浮かぶし、沈むし、赤ちゃんには遊園地です

狭いお風呂ですけど(笑)豪邸ならもっと楽しいでしょうね

洗面器を浮かべて、その上に立たせて遊んだり(もちろん支えてます)

いろんな容器にお湯をいれたり、こぼしたり

こぼし放題ですからね、ダイニングと違って

石鹸の泡もいくらでも遊べました

そして、

川や海で泳ぐことにつながっていきます

これはもう、無理してでも、自然遊びはしておいたほうがいいです

強く、優しく、賢く育ちます

 

めんどくさいですか

汚いし、不便だし、虫が気持ち悪いからいやですか

自分の子ども時代はどうでしたか

快適なクーラーの部屋で毎日過ごす夏休みでしたか

 

周囲を見ると、

「めんどくさい」病が相変わらず流行中

大人のみなさんも、世の中のストレスにやられ、わが子との時間さえ、めんどくさい

買い物中は携帯型ゲーム機を持たせておけば、思う存分、買い物に没頭できる

子どもの面倒を見ながら買い物をするなんて、めんどくさい!!

この日の様子を夫に話すと、「でも、もう手放せないんだろうね」

確かに…

一度吸った甘い蜜…と一緒で、こんなに楽なことをやめることなんてできないのかも

 

買い物…

めんどくさかった!確かに!!しかも、行きたい店に自由に寄ることもできませんでした

大人って、ふらりとコンビニに寄ったり、

本屋さんに寄ったり、したいものだけど、子どもと一緒だとなあ…と躊躇したものです

食材を買うために日常行くスーパーだって、子どもと一緒だとスムースにはいきません

でも、

遊びに変えていました

わたしは

野菜の棚から~タマネギ~ホウレンソウ~アボカドさ~ん♪

みんな見てるよ、ちぃさんを~♪…っきゃっきゃっきゃ!!

カートに座らせると、顔は同じ高さ

耳もとで野菜の歌(即興)

「あれ~?ニンジンさんどこかな~」

(探す子ども。指さす子ども。)

「あった~~!!」

え~…脳科学的には~発達学的には~

いいんじゃないでしょうか。こういうの。

「はい、ニンジンという言葉と物体が一致しましたね」みたいな(笑)

全て、歌にしてました

歌が好きなので歌ですけど、おしゃべりでもいいじゃないですか

「ちょっと今日は大急ぎ!!」と歌う余裕なんかなく、

ジェットコースターみたいにカートを暴走させることもそりゃああったけど、

でも、

しゃべれないうちから、そんなことばっかしていました

どうしても真剣に買い物をしなくちゃならないとき(よーく考えると、そんなの滅多にない)は、

家族に預けたりしてから出かけました

保育園に行くようになれば、あっというまにひとりの時間がやってきます

ほんのちょっとじゃないですか…

 

あの子は…

ゲームしてたあの子は…

お母さんとどんな話をしてるんだろう

 

見て、お空の雲が、きれいだねえ!

 

わたしが駐車場で周囲を見渡していた時、

その親子はいちもくさんで隣の店に駆け込んでいきました

お母さんの手には大きな買い物袋

子どもの手にはゲーム

忙しかったんだろうな

あの日が特別へんてこりんな日だったんだろうな

 

どうかどうか、

そんな日常でありませんように

そして、いつか、

自分のせいでもないのに、その子が親に責められる日が

来ませんように

《2016年 9月7日投稿》

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