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97.困ることが成長のチャンス

3歳のお子さんを持つお母さんから

「いま、なにをすべきか?」というメールをいただき、

わたしにわかる範囲でお答えしながら考えました

 

3歳…

わたしが3歳の子を育てていた頃は、

いったい何を意識して、何を大事にしていたのだろう…

まだ数年前ではあるのですが(笑)

 

でも、今と変わらない、大切な部分

手や口を出す前に、やらせてみた

ということ

子どものちいさな手や、輝く瞳が、

なにをとらえ、なにを立ち止まっているのか、

興味があって、可愛くて、楽しくて仕方なくて、

ひたすら、時間の許す限り、待ちました

とはいえ長女の頃はわたし自身も未熟で、未開の部分が多く、

ぶれそうになったことも、長女を傷つけてしまったことも多々ありました

それでも、

わけがわからないからとにかく子どもの向かう方に…と、

自分自身を諦めることが結構有効だった、と今は思うのです

親のいいなりにはさせない(親ってエゴイストだから。)

だけど、環境は整えた

それに対しては必死でした

 

子ども自身をじっと見ていると、

必要な物と、そうでない物とが浮き出て見えてきます

わたしに見えていたのは、

俗っぽいものや人工的な物は極力避けよう、ということと

なるべく自然に触れて、子どもらしいナチュラルな部分を大きく育てよう

ということでした

だから、テレビや、ゲーム機、プラスチックや電子音つきのおもちゃ、

CDやラジオなどの人工的な音源

そして化学製品…それは、薬品も、食品も、肌に触れる物、口に入れる物…

できる範囲ではありますが、とにかく子どもの心身をなにより優先して、

ひとつひとつ、選んできました

そんな環境では子どもは、自分らしさを思い切り発揮して

わたしが育てなくても、勝手に、心穏やかで、好奇心旺盛の、

子どもらしい子どもに育ちました

 

思えば娘が生まれたその日から、

わたしは18歳の頃から思い描いていた育児を実践しました

絶対に布おむつで育てるんだ!という憧れのもと、

ふたりの娘は結局完全布おむつで過ごしました

なぜ布おむつか、なぜ18歳のわたしは布おむつに憧れたのか、

それはまた別の機会に書くとして…

今回のことに関連することとしては

「布おむつは、排泄によって不快になるおむつだから」

というのが最も重要なことなのです

 

紙おむつのシェアは当時の調べでは99%

わあ~わたし、1%に入ってるんだ~とウキウキしつつも、

全国の1%なのに近所で誰にも会わないモンだな~と

健診や、子育て支援などに出掛ける度に珍しがられたのを思い出します

それでもインターネットでは全国に仲間がいることを知ることができたし、

情報交換やおすすめグッズや洗い方の工夫など、

楽しく共有しながらなんの苦労もなく過ごしました

 

おむつを洗うことも、干すことも、畳むことも好きでしたが、

なにより好きだったのはおむつを交換した後の子どもの顔でした

紙おむつと違い、成型もされていないただの四角い布をおしりにあてるのですから、

かさばるし、蒸れるし、きっと、存在感も大きいのでしょうね

排泄をするとすぐにわかるのです

まだ寝たきりの新生児の頃はよくわかりませんでしたが、段々と、

あ、おむつかな?とわかるようになり、

その通りだと「やったー!」とゲームでポイントをゲットしたかのように嬉しくて、

ほいほい取り替えました

まずおむつを外してやると「ふああ~」っと解放されたように

ちいさなあんよをばたばたさせて気持ちよさそうにしているので

しばらく放置

お腹をマッサージしたり、あんよをさすったり、もうとにかく可愛いので…

それで、新しいおむつを当ててやります

歌を歌いながら、話し掛けながら…

それで、ごろごろまたマッサージ

ねんねの頃はそれで終わりですが、

動くようになってきたらそのまま転がしたり、くすぐったり、持ち上げたりして遊ぶので

とにかくおむつ交換が娘たちも大好きでした

むにゃむにゃ不快だったのが快適になり、

しかもごろごろ遊びがついてくる

ただ、それだけのことなのです

 

でも、紙おむつでは「○時間でも大丈夫!」「○回分吸収!」と

赤ちゃんの快適さをうたい、(親の便利さでもあるのですが)

そもそもの「不快感」をなくすことを目的に開発されています

 

18歳のわたしが心を奪われた布おむつ必須説。

それは、

「不快」を「快適」にしてやることが、親子のコミュニケーションの基礎を作る

というものでした

でも、99%の紙おむつユーザーの方に申し上げたいのは、

紙おむつだからダメなんだ…じゃなく、

紙おむつも使いようですよ、ということです

1%の変人(笑)の言うことですから、気にしないでください

どうしても布おむつが使えなかった友人や、相談してくる知人には、

紙おむつでも同じようにできる、とアドバイスしましたよ

でも、相当快適に作られているので、不快を読み取るのは親の努力が倍必要です(笑)

 

さて、おむつの話がしたいのではないのです

最初から「快適」にしておくことの危険性を伝えたいのです

 

こぼしても

壊しても

失敗しても

合理的じゃなくても

危険でも

邪魔でも

子どもはやってみたい

子どもは、とりあえず試してみたいのです

こぼしたら…壊したら…危険だったら…

やってみないと、その先はわかりません

 

小学校の行事をボランティアで手伝った時、

砂利の敷いてある空き地に小1の児童を引率した教師は

児童が空き地に入るか入らないかのうちに

「子どもたちに石を持たせないように注意してください!!」と

わたしたちに向かって大声で言ってきました

わたしと子どもたちは気づいてしまいました

おおう、砂利の空き地だから石を持って遊べるのか、と(笑)

 

この辺りでは数少ない、高倍率の中学入試を終えた子たちは、

入試まで塾に詰めていたのに、合格してもまだ通っているので聞いてみると

「入学後に困らないように新しいコースにもう入っている」と言います

進学塾の商法ですが、受験コースで集めた子を

今度は、中学受験なら中学コースへ

高校受験なら大学受験の準備コースへ

とにかく手放したくないので、あの手この手で勧誘してきます

受験までがんばって勝ち取った合格ですが、

このままにしたらあっというまについて行けなくなりますよ、と

言葉巧みに勧誘し、不安をあおるのがどこの塾でもやっていることです

 

困らないように?

「不快」がないように?

失敗しないように?

子どものために、そこに先手を打つことは、果たして

本当に子どものためになるのでしょうか

 

困ることは原動力

不便だからなにか方法を考えて人間は進化してきました

不快なのは快適を求めるための方法を探すチャンス

赤ちゃんは泣いて、動いて、なんとかして訴えてきます

それに笑顔で応えてやり、不快を取り除いてやることでわたしたち親は、

あなたを全力で守ってる

ずっと見てる

って、言葉じゃなくても、伝えることができるのです

 

中学生になって困らないように

受験のとき困らないように

経験済みの大人はいろんなことを先回りして考えてしまいがち

でも、わたしたちは失敗しながら、回り道しながら、大恥をかきながら、

それでもこうやって生きている

だから生きている

 

どうしよう!?

どうしたらいいんだろう…

それが「考える」きっかけになります

 

ただただ、数学の問題を目の前にして

わたしがいくらヒントをちりばめても考える材料を与えても

自ら手に取らない子が多いです

自らぶち破ってその先を見ようとする子は少ないです

全部目の前にあるのに、気づかないのです

自分から、気づく必要がなく育ったから

全て先手を打たれていたら、自分が工夫する必要も、考える必要もないからです

 

子どもの成長のチャンスを奪わないよう育てること

それには親の覚悟が必要

親が覚悟を身につけるには

親がエゴイストでなくなることです

子どもを操作するのではなく、

親自身が、自分自身が、一生懸命自分の道を生きるだけで

子どもはついてきます

まずはわたしたちの後ろを、追いかけてきます

そして、

いつか自分の思う道に、枝分かれして、走っていきます

それでいいじゃないですか

失敗しても、困っても、最終的にはわたしたちが守ってあげる

先に手を出さなくても、転んできたら、倒れてきたら、

絶対に守ってあげる

それを知ってくれていたら、多少の失敗を恐れずに、

いろいろなことに挑戦して成長していくのではないでしょうか

 

どんどん開発されていく便利な物、快適な物、

もう飽和に近い状態なのにまだまだ続く開発…

うたい文句や、流行に惑わされず、時には変人になって(笑)

子ども本来の育ちになにが必要か、立ち止まって考えてみることは

大切だと考えます

自ら学ぶ子に育てたいなら、

環境設定だけは厳重に、あとは、

手や口を、出さないことです

《2015年 2月20日投稿》

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