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138.ひとつめのヒント 人生を幸せにするのはなに?

できればまず、この12分40秒間の動画を見てください

TED 心理学者ロバート・ウォールディンガー 人生を幸せにするのはなに?

動画を見られない環境の方は、

すべて文字に起こしてあるこちらを一読してください

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長女がまだ乳児だった頃、

わたしはある団体のちいさな講座に参加していました

その時、講師は、赤ん坊を抱えた親たちに

「どんな人に育ってほしい?」とインタビューを始めました

「優しい人に」

「思いやりのある人」

「夢を持った人」

「なんにでも挑戦する人に」

みなさんすらすらと色々なことを言っていて、わたしは自分の番が来るまで、

なにを言おうかとドキドキしていました

(こういうの、苦手です…)

いよいよわたしの番が来た時、わたしの口をついて出たのは

「幸せなひとに…育ってくれたら」

講師の先生は「?」という顔をして、インタビューは次の方へ

漠然とした変なことを言うもんじゃなかった…とちょっと悔やみました

でも、

あとでゆっくり考えてもやはり、わたしにはそれくらいしか思いつきませんでした

 

どんな職業に就いてほしいだとか、

どんなスポーツをやってほしいだとか、

勉強をがんばってほしいとか、お金もちになってほしいとか、

子どもに対して思ったことは今でもありません

よく、生徒さんの親御さんや、友人たちが、

「せめてこれくらいの成績はとってもらわないと」とか

「高校くらいは行ってもらわないと」とか

ついでに「大学は出ていないと」とか「公務員に」とか

随分具体的に自分以外の人間の人生にビジョンを持っているのだな~と

不思議に思うこともあります

親が責任者だから、

親がつけてやれるうちにつけられるものをつけてやるべきという思想からか…

でも、逆なんですよね

わたしには、親が強く思えば思うほど、

子どもは逆の方を向いてしまうのがわかるので

自分が親となっても、

自然とそう思わないようになってしまったのかもしれません

とにかく、

どんな成績だろうが

どんな生活水準だろうが

どんな職業だろうが

本人が「幸せ!」って心から感じて生きていてくれれば、

親としてそんな幸せなことはない、とその時の新米ママのわたしも、今のわたしも、

やはり思うのです

 

このプレゼンで説明されているハーバード成人発達研究の結果は、

まさに人間が人間として自然体で生きれば、

それだけで幸せなんだ、ということを示しています

 

わたしたちが、年齢を重ねた時、「幸福だ」と感じているかどうかは、

「よい人間関係に尽きる」と断言されています

よい人間関係とはなにか?

友達がいること。家族がいること。結婚しているとか、子どもがいるとか、そういうこと?

いいえ、

いるだけじゃない、結婚とか子どもとか、そういうことでもないんです

「重要なのは身近な人たちとの関係の質」とあります

「例えば愛情が薄い、喧嘩の多い結婚は健康に悪影響を及ぼし、おそらく離婚より悪い」

「健康に悪影響」

というのは重要な課題です

年齢を重ねるにつれて、自分の心身が健康であるかどうかということが

日々の生活に関わる重大なキーになってくるからです

たとえよい人間関係に恵まれていても、不健康なら不幸ではないか、と

思います

でも、この研究では、追跡した数百人の75年間の、健康的データも分析していて、

ただ漠然と「健康・不健康」「よい・悪い」ではなく、

科学的根拠で裏付けをしているのです

それによると

「幸福感のある人たちは身体的苦痛があっても精神的に幸福で、

不幸な人間関係にある人たちは身体的苦痛がある日には精神的苦痛で

その身体的苦痛がさらに増幅されていた」とあります

泣きっ面に蜂

じゃないけど、いやなことが続くとわたしたちもなにもかも嫌になったり、

イライラが募ってしまったりすることもありますよね

 

そりゃあ、孤独より仲間がいた方がいい、

嫌な人間関係に包囲されていたら幸せを感じるわけないじゃない、と

そんなことわかっていますよね

でも、時々ある「孤独感」や「幸福度」を尋ねる調査では、

日本もアメリカもあまり好成績ではなく、

むしろ、そういった「先進大国」じゃない国の人々のほうが「幸福度」が強い、

などと話題になりますね

わかっているのに、なぜ?なぜずっと幸福な関係だけを選べないのか?

それも、このプレゼンでは語られています

 

「私たちは手っ取り早く手に入れられる生活を快適に維持してくれるものが大好きです

人間関係は複雑にこみ入っています

家族や友達との関係をうまく維持していくのは至難の業です

その地道な努力は地味で、その上その仕事は死ぬまで続きます」

 

努力、地道、などと言われると、うんざりしてしまいそうですが、

私たちが「できればよい人間関係を保ちたい」と日々していることの中に、

自然に、努力や工夫はあるはずです

たとえばご近所づきあい、

PTAや地域行事、

職場で一緒に働くひととの関係、

誰もがわがままを通し、言いたいことを言い合ってばかりいたら、成り立たないところ、

ほとんどの場合うまくいっているのは、それぞれの地道な努力と工夫の成果です

 

でも、実はそれでも、以前より少しずつ…いや、急激に、

そのあたりも怪しくなってきているのです

ここ最近の話ではないけれど、よい人間関係を保とう、と努力する人の数は

絶対的に減少していると感じざるを得ない事柄が増えています

それは、ご近所づきあいやPTAの世界だけの話か?というと、

そうではないのです

人間関係の基本は、家庭です

子どもたちは家庭の中で生まれ、育ち、やがて社会の一員となります

今、世の中に出ている大人の誰もが、最初は家庭の中で生まれた子どもでした

 

このプレゼンを聞いて、わたしが一番に感じたことは、

子どもたちが幸せに生きていくために必要なことは、ここなんじゃないかと

よい人間関係を自然体で構築できる大人に育てられた子どもは

自ずとよい人間関係を自然体で構築できる大人になり、

自分だけなく周囲をも幸福にする力を持つのではないかと

 

プレゼンの最後の部分がわたしたち子育て世代にとって最も重要です

 

「あなたにできることは、実際、無限にあります

テレビやPCの前の時間を、人と過ごす時間に充てる」

 

先日、都会の交差点でぞろぞろを歩く人並みを眺めていたら、

8割~9割の人たちが両耳にイヤホンをして

手元の「画面」を見ながら歩いていました

電車の中でも、そうですよね…

かつて、

上京した田舎者は、

手元の地図を見るため下を向いて歩いているからすぐわかる、

と言われましたが、

今は、

都会の人の方が手元を見て

田舎者は上を見てランドマークを探して歩きます

わたしなんか都会の駅でも道路でも昔から上ばかり見ている田舎者です

 

さらに、すごいな!と感心してしまったのは、

みな、イヤホンに画面を見て周囲を見ていないのに、

誰ともぶつからず、上手にすれ違っていること

人間の進化なのでしょうか

でも

多くの、人間としての大切な部分が退化しているということも

軽視できません

 

田舎者のわたしは、上を見てキョロキョロ歩いているのにもかかわらず、

画面を見て突進してくる人の群れとよくぶつかります

東京駅なんか紛れ込んだら、

「すみません、すみません」と謝りっぱなしです

でも、誰も「いいえ」とか「だいじょぶです」とか、返事をしてくれません

(「当たり前だ!」という都会の方からの声が聞こえます(笑))

上や前を見て歩いている私みたいな人はぶつかるのに、

下を見ている人たちはぶつからない

なんとも不思議な光景を、通路の端っこに立ってしばらく眺めたこともあります

 

でも、

肩と肩が触れ合ったり、ぶつかったりした時、

殺気だったような目でにらみ合う人たちも少なくありません

一触即発

怖い思いをすることも

それは

車の運転をしていて日常的に感じているけど

 

ちょっとしたことでクラクションを鳴らしたり、

歩行者や、お年寄りののろのろ運転にちっとも親切じゃない人たちの多いこと

わたしはそんなとき、

「幸せじゃないんだろな…」とひとりの時はつぶやきます

子どもたちと一緒に乗っている時は、

「もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだね、急いでいるんだね」

が決まり文句です

 

わたしたちは、子どもたちに、

よい人間関係の手本を見せてやれているでしょうか

長年多くの親子を見てきて、はっきりとわかっていることは、

どんなに人前で大人が体裁を繕って頑張っていても、

子どもは本質を見抜いているということです

 

広くは、社会全体の人間関係

見知らぬ人に対しても、すれ違っただけの人に対しても、

思いやりの心をまず持っているかどうか

遠く離れた場所の戦争、震災、貧困、

いま、となりでちょっと困っている人に手を差し伸べること、

ちょっとだけ考えてみることだけでもいい

 

そして、地域や学校、子どもを育てている人なら一度は通過する、

子どもを通じての新しい人間関係

煩わしい、めんどくさいこと、多いですよね

役員が回ってくる、なにもかもわかんない、

自分のやりたいようにできない、勤務先や自分の経験とシステムが違いすぎる、等々…

でも

永遠には続きません

長い人生のうち、ほんの数年のことです

子どもが育つまで、数年のこと、

PTAや育成会の役員を10年間やった、なんて人聞いたことありません

いずれにせよ、どうせやるなら前向きに取り組んでみたら

子どもたちが、見ています

親の見せ場です

 

なにより重要な、家庭内での人間関係

え、なに、この人本当にお父さん?って疑ってしまう人格が増えているらしい昨今

子どもが家にいてもスマホやタブレットを離さない、

家族旅行先でもひとりでゲームに没頭、なんて

珍しくないようですね

それを子どもが見て、どう育つのか、考えたことあるのでしょうか

テレビのつけっぱなしはやめようよ、と妻に提案されてキレルる夫の話も

耳にタコができるほど相談を受けました

まあ、それは祖父母宅も同じで

なんでしょう、幼児でしょうか?

大人の格好をして、親という肩書きを持っているけど、やっていることは3歳児以下です

一緒に暮らす家族が、提案しているのに、相談しているのに、

ただ、ただ、自分の我を通す、通らないならキレてしまうという…

強い意志があるなら話し合えばいい

家族で話し合って、その家族なりの環境を一緒に作っていけばいいと思うのです

大人同士なんですから

大人同士の関係が、子どもの暮らす環境を作るのです

 

子どもは、見ています

大人の生き様を見ているし、大人の言葉を聞いています

散々手本を見せておいて、あとで注意したって子どもは不服です

 

集中力がない、嘘をつく、言葉が乏しい、落ち着きがない、飽きっぽい…

 

あれ?

子どものことでしょうか、大人のことでしょうか

 

子どもを不幸にしたい親などいないはずです

いま、味わわせずにいつ味わわせるのですか?

幸せはよい人間関係から

 

ごくごく、自然なこと

ただ、隣人に微笑むだけ

ただ、隣人に関心を寄せるだけ

 

一緒に生きている、と感じるだけです

《2016年 5月17日投稿》

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