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54.環境設定について まずは大人

夕べ、食事の支度をしていたら

キッチンカウンターの上にのせてあった紙がダイニング側にちょっとはみ出て

ゆらゆらと揺れているのが目につきました

その下にはオイルヒーターがあって、

早朝と夕方だけほんのり暖かくなるようタイマー設定してあるので

ああ、ヒーターがついて暖気が上昇しているんだな、とひとりで考えていました

ヒーターはファン付きではないので、風は出ないし、他の暖房もついていないので

部屋の中に風はないはずだからです

 

ダイニングテーブルで夕食を待ち、準備をしながらおしゃべりをしていた娘たちに

「ねえ、見て見て、この紙。」と声をかけてみました

娘たちは「わあっ!なんでなんで??」

「なんでだろうねえ」

しばらくはふたりで、じっと紙を見つめたり、上下左右をさえぎってみたりしていましたが

長女(5年生)が下にあるオイルヒーターの存在に関係があると気づいたようで

「あ!これが…」

でも、オイルヒーターから風は出ていないので説明ができない様子です

でも、手をかざすとほんのり空気の動きを感じられるようです

「どうして…」

「あったかい空気だからじゃない?上にあがるんでしょう?」

次女(1年生)が言うと長女も「ああ!そうだよね!すごいすごい!」

「上にあがるから、もちあげるんだ!」

 

(これには、以前からよく聞かれる、空調についての質問に

わたしが答えていた過去が影響しています

ヒーターは下にあり、クーラーは上にある、そして夏はなんで2階が暑いの?と

よく聞いてきていたので)

 

わたし「さ、夕ご飯にしよう」

 

なにも、高い教材を買い与えたり、高い授業料を払って特別な勉強をしなくても、

日常にはなぜ?と思うことがたくさんあり、それを学びに転換することは可能です

親御さんに正確な知識がなくても全く問題ありません

一緒に「なんでだろう?」と考えてみるだけで

あとは子どもが自分で予想するだけ

正しい回答に結びつかずもやもやして終わっても

考えてみた経験が残るし、そのあと子どもは勝手に図書館で調べるかもしれない、

先生に尋ねてみるかもしれません

(どんぐり学舎の子はQ-noteに何でも書いて質問してくださいね。

  電話でもメールでもいいですよ!)

 

大切なのは子どもが自分の目で見て、感じること、

正確な知識を増やすことではなく、曖昧でもなんでもいいから実体験を増やすことなのです

たとえば先の暖気の上昇について小さい頃にいくつか体験していると

中学生になって理科で気候の勉強をする時、

暖気と寒気がぶつかってできる前線面の図を見て、

「ああ、それなら見たことある」とつながるかもしれません

そんなことを目的に考えさせてるわけではないのでつながらなくてもそれはそれですが(笑)

「これは中学で習うんだよ」なんて押しつけるようなことも言いません

空だけに限っても、

毎日変化する雲、月、太陽、星、一緒に見上げるだけでいろいろなことに気づきます

10年ほど前の調査ですが

「夕日を見たことがない」という小中学生が過半数、という新聞記事がありました

夕日がどちらの方向に見えるか、東だの西だの知らなくても、自分の家から見える感覚を

体験していればいちいち学んで覚えるようなことでもありませんが

夕日を見たことがない子はもちろん夕日が見える方向も知らないし、

太陽がどう日周運動しているのかなど、興味はないのでしょう

調査結果は極端ですが、一般的な小学生の生活を見ていると

なんとなく、わからなくもない結果にも思えます

 

親子で、空を見上げることがありますか

「ほらごらん」なんてきちんと観測の姿勢をとらなくても

買い物帰り、車から降りて玄関に向かう間、

休みの日に、ベランダに洗濯物を干している時、

嫌でも目に入る空の変化を、子どもと見たことがありますか?

 

職業柄、という以前に小学校の卒業アルバムに「天文学者になりたい」と書いたわたしは

とにかく空を見上げるのが今でも好きで、

子どもと一緒でも一緒でなくてもしょっちゅう空を見上げているのです

美しいと自然と声ももれるし、子どもに見せたい時は歓声をあげて呼んでしまいます

たぶん、わたしが好きで見上げているから

子どももそんなお母さんに寄り添っているのが嬉しいのでしょう

わたしに見えないいろいろなことを姉妹で競って探して教えてくれたり

矢継ぎ早にいろいろ質問してきたりしますが

年齢に応じて回答するものの、まあ大抵はなんでだろうねえ、で済ませます

 

幼児期も同じように

一緒に空を見上げていました

保育園からの帰り道、冬などもう大きな月が出ていることがあり、

幼い娘は「お月さまがついてくるよ」と車の窓に頬をこすりつけて

いつまでも追ってくる(ように見える)月を眺めていました

「ほんとだねえ!まてまて~ってしてるねえ!」

曲がり角を曲がっても、坂を上って下りてもついてくる月に

きゃっきゃと喜ぶ娘の姿を楽しみながら、

科学的根拠なんてしばらくいらないんだと感じていました

こんなに、自然を感じ、味わっている

そこに水を差すようなことは必要ないんだ、と

以前も書きましたが

星について質問しても母はファンタジックな回答しかせず

わたしはいつまでも星の形は5つのとんがった角の出たあれ、だと信じていたし

星座は平面にはりついるような感じだとイメージしていたのですが

後に少しずつ学校で、教科書で、科学的真実を知り、

ファンタジーは少しずつ別の場所へ移動し

「そうだったのか!」という喜びにまた満たされたものです

それまで信じていたことが嘘だったとか、無駄だった、なんて思った覚えもありません

子どもは、興味を持てば夢中で自然と学んでいくし、すっかり覚えてしまいますよね

幼少期から観察していれば、勉強以外の面でもそういう部分は感じたことがあると思います

じゃあ、

どうやったら色々なことに興味をもってくれるのか

それには現代は特に、「環境設定」が重要になってきます

 

なぜ、夕日を見たことがない子どもが多いのか、

夕方、子どもがなにをしているか考えてみてください

 

朝起きてから、眠るまで、子どもたちは自由に自分の発想を生かすような生活を

しているでしょうか

うん、自由に好きなことをやっています

といっても

テレビがつけっぱなしになっていたり、

ゲームに向かい合っていたりしていませんか

今、親になっている人やそのまた親の世代には

子どものためにテレビやゲームを見せておくという習慣はなかったはずです

自然界はもっと人の暮らしに近く、

気温の変化や季節の変化に

もっと敏感な生活をしていたはずです

自然の気温を感じ、音が耳に入りました

すると不思議なこともたくさん出てくるし、自分がその一部にいることに

高学年になれば気づきました

 

今の子どもたちを取り巻く環境は

あまりに人工的すぎて、

わたしたち人間が持っている当たり前の本能でさえ退化させてしまっています

こまめに上着の脱ぎ着をしません

自分が家族の一員であることを実感してる子が少ないです

生活のために毎日なにか手を使っている子が少ないです

そして

自分の頭で考えようとしません

いつも指示を待っています

 

なんでも指示だからです

遊びも、ゲームではプログラムにのっかるだけですから

常に指示を受けているのです

テレビも、自分からの主体性は必要ありません

つねに受け身です

学校でも、チャイムが鳴り、時間割に従い、先生に従い、休み時間でも食べることでさえも

指示を仰ぎます

習い事も同じです

スポーツであっても、自由気ままに動き回ることを許される習い事はないでしょう

音楽でも、お習字でもなんでも同じです

 

わたしたち親がすべき環境設定は、

たくさんの習い事をさせて

ちまたで流行の教育法を取り入れて

子どもに見せたい科学番組を見せて

脳トレのゲームをさせることではありません

 

子どもの可能性を伸ばしたいなら

幼い頃から型にはめる習い事を決める必要はなく(むしろ害)

先取りで勉強を準備しておく必要もなく(むしろ拒絶されていきます)

科学番組は実体験の前には要らない

  (これこそ害。知識だけ増え、興味は半減します。手品のタネを知った後の気分です)

脳トレだの漢字ゲームだのと言いつつ画面上でやることはゲームと変わりはないのですから

不要!

 

お金もかけず、ストレスもなく、親子でゆっくり毎日を大切にすごすのみです

空の変化を感じ、

いろいろな色や形や温度を感じましょう

難しいことは考えず、子どもが子どもである瞬間を楽しめばいいのです

少なくとも、

ご自分のストレスや疲れから、子どもたちの生活を台無しにするのはやめましょう

うるさいから無制限にテレビやゲームを与えておく

面倒くさいから添加物いっぱいの加工食品と砂糖と油たっぷりの適当な食糧を与えておく

子どもは毎日学校へいって「勉強」してきますが

なにを学んできたか全く興味も関心も持たず、

「宿題やんなさい」だけを連発

その宿題が我が子にどういう影響や効果をもたらすかはたまた害を与えているか

考えることもなく

「宿題やんなさい」

テストの点数が芳しくないと

「塾へやるよ!」

そして広告に入ってきた塾へ子どもを放り込む

我が子がなぜわからなくなってしまったのか

なぜ勉強が嫌いになってしまったのか

それまでの自分の環境設定を省みることもなく

またお金と労力をかけて、塾へやる…

そして、解決しなければ塾を変える…

「自分で考えて」いないのは親御さんの方かもしれません

 

もう、やめませんか?その悪循環。

ご自分を振り返るのは苦しいことですか?

親として我が子にできることを思い切りしてやれるのは

ほんのわずかな期間です

忙しいから、疲れているから、と後回しにしていたら、

取り返しのつかないことになります

 

食事を家族一緒にとれないと嘆いている方も多いです

我が家も全員揃うことは滅多にありません

でも、一緒に食事をしていても気持ちがバラバラなら意味がありません

レストランで料理を待っている時

お父さんとお母さんはスマホを

子どもたちはゲームをしている、という光景も時々見られるようですが…

完全に、絵に描いたようなバラバラ、ですよね

 

わたしの父は不規則な勤務形態で、毎日帰宅するわけではなかったですが、

子どもの頃の「食卓」の思い出とえいば

食事が済んでから数時間続くおしゃべりの時間です

なんでなんで族のわたしに父は辞書や百科事典(これが父の自慢で(笑))を持ち出し

いつまでもわいわい、家族4人で話していました

狭い台所でガスストーブがもうもうしていて暖かく、

ガラスが結露で濡れ、弟のほっぺたが真っ赤で…

そんな気温や色までなんとなく思い出すのです

夜勤明けでも疲れていてもわたしたちにそんなことを感じさせなかった父

そんな日もあったでしょうが子どものわたしにそんな覚えはないので

 

それでいいのではないでしょうか

子どもなんてそんなものです

自分の方を向いていてくれる

自分のことを考えてくれる

自分と一緒に空を見上げてる

お母さんの、お父さんの好きなことを一緒に楽しんでいる

そんな経験がひとつでも多かったら、

きっと心も、頭も、健康に育つに違いありません

 

子どものための環境設定の前に

親御さん自身がふう、と深呼吸をして

ご自分の環境設定を見直してみてはいかがでしょうか

まずは今日の夕方、

子どもと一緒に空を見上げてみてください

夜には星空を

朝には朝焼けを

 

テレビが、ゲームが好きで中毒でやめてくれません

と嘆く前に

ご自身がお子さんにとってテレビやゲームより魅力的かどうか

省みてはいかがでしょうか

《2014年 1月23日投稿》

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