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71.テレビがなんでいけないの?

それは「機械」だからです

いくら素敵な人が映っていても

いくら素敵な声が聞こえてきても

いくら素晴らしい景色が映っていても

いくら楽しくて良質な子どものためを思って作られた番組が放映されていても

テレビは「機械」であって、心を持ちません

 

子どもは、小さければ小さいほど、誰かの「心」を探しています

嬉しい時

不安な時

怖い時

何か見つけた時

子どもは近くにいる誰かの「心」を求めます

自分だけを見つめてくれる、自分だけを大切にしてくれる、

そういう安心できる誰かをいつも求めています

 

だから、テレビに子守はできません

そんなことはちょっと考えれば親なら誰でもわかるんじゃないかと思っていましたが、

周囲を見るとそうでもないんだなあ、と思いながら我が子を育て、

リビングにテレビがないのを不思議がられながらも

なに不自由なく、テレビなし育児を実践してきました

 

なにも、わたしが言い出したことではなく、昔からいろんな教育者が提唱しているし、

そして、テレビ子守の危険性は指摘され続けています

だからわたしは、子どもを授かる10年も前から(高校生の頃から)

我が子をテレビに任せることはあり得まいと心に決めていました

 

わたしが赤ん坊と健診に出かけるようになった頃には、

小児科医学会が「2歳まではテレビ視聴は控えて」とポスターを作っていました

「授乳中のテレビはやめて」といういくつかの提言もありました

いったいどれだけの人が、それを真剣に受け止めて、

そうだ、子どもを機械で育てるわけにはいかない、と思い直してくれたでしょう

 

わたしが子育て中に見た、「機械で子育てしているなあ」と思ったことを挙げると

●テレビがいつもつけっぱなしになっていること

●子どもがテレビ番組に夢中になっていること

●子どもがゲーム機や携帯電話で遊んでいること

●車の中にモニターがあって子どもにテレビやビデオを見せていること

●まさかの電動ゆりかご

●まさかの入眠ヘッドフォン

などなど

これらは、誰しもひとつくらい

「あ、うちやってる!」って

当てはまるような普通のことかもしれません

どれも機械に子どもを任せている

ことに変わりはありません

 

なにも、全部排除すべき、すべてが悪!!と言っているわけではないのです

でも、

その後の子どもの無事の成長を祈るなら、

絶対に排除すべきことと、排除すべき時があるということを

知っておかなければならないと思うのです

 

わたしたち大人が

何気なくテレビをつけて

バラエティで笑って

スポーツで興奮して

ドキュメンタリーで感動して

そうして娯楽として楽しむのと、

脳も心身も成長真っ盛りの子どもたちがテレビを見るのとでは、

それはそれはものすごい違いがあります

そのことを知らない人が多すぎると思うのです

 

大人になると、忘れてしまって、

忘れてしまったなら想像してみてほしいのにそれも難しくて、

いつもこうして、わたしは子どもの心理ばかりを見つめているから

逆に大人にどう説明すればわかってもらえるのか

わからなくなる時があるのですが、

とにかく子どもは

どんな子どもでも最初に書いたように、

いつも、誰かの心を欲しているのです

親か

親代わりの誰かの絶対的な愛情をベースとした心を

どんなときにも反応してくれて

どんな表情も見つめ返してくれる

そんな人がずっとそばにいてくれたら

子どもはどんなに幸せか、それなら想像は容易でしょう?

 

でも

テレビはどうですか

おもしろい!

と笑っても

悲しい…怖い…

と泣いても

テレビは立ち止まって

そう?今の面白かった?よかったよかった、と笑顔を見つめ返すことも

悲しいの?怖いの?どうしたの?と涙をふいてくれることもありません

ただ、淡々と、こちら側にいる1人1人への配慮などもちろんせずに

…機械ですから

次から次へと秒刻みで進んでいくのです

そして、どうしてもイヤならスイッチを切って完全にバイバイすることもできます

機械ですから

 

不自然ではないですか?

子どもが、心を育てている時期に、この相手はあまりにも不自然ではないですか

 

そんなこと言ったって子育てに追われてわたしは休む間もないの

夕方の忙しい時間をテレビなしでどう乗り切ればいいの

子どもが学校で話が合わなかったらどうするの

流行に後れたらどうするの

個々に都合があることも長年いろいろな人の相談を聞いているので知っているつもりです

 

でも、子どもに「悪影響」が出るとわかっていてもやめられない程の都合って何でしょうか

 

本題に入ります(遅い!)

 

テレビがついているのが当たり前の状況で育ったお子さんの行動、言動には特徴があります

よく、発達健診で言葉のおくれを指摘される場合「テレビはやめた方がいい」とアドバイスされると

聞いたことがあります

言葉?

そんな問題ではないのです

言葉はテレビを見ているか見ていないかが最重大問題ではないケースが多いです

一番重大な問題は

自分でイメージする力

最初から機械から出力される他人が作ったイメージばかり見ているから

なにもないところから自分でイメージすることができなくなります

 

わたしは以前から塾生や塾生の親に

テレビは厳選して、特に食事中は絶対にやめて、と言ってきましたが、

かつて、それを忠実に守って急にぷっつりと全てやめてみた家族がありました

小学校低学年でしたが言葉の遅れや、発達に少し心配がある子だったので

親御さんも真剣だったのでしょう

当時20代前半のわたしのそんな助言を真剣に受け止めてくれて

それはもうものすごい潔さと勢いで、ダイニングのテレビを撤去し、

リビングのテレビのつけっぱなしをやめ、子どもが見たい番組を厳選するようにしました

結果、

その子は見る見る生き生きとした目に変わり、

とにかくわたしの目をじっと見つめて話を聞く素敵な子に

そしてとにかくおしゃべりの内容が豊かに、

まるで絵が浮かぶかのような話し方をするようになりました

そのほかにもお母さんの努力は凄まじかったのですが、

最終的には他に類を見ないほどの知的で利発な子に成長しました

もちろん、テレビだけが原因ではなく、

一番の要因は子どもを育て上げるために親がした努力の方向性だったのだと思います

なにかを買い与えるとか、いい塾に入れるとか、そういうことじゃなく、

わたしなんかの言うことを素直に聞き入れて、真剣に受け止めて、

我が子のために生活を変えたその家族の、心意気だったのだと思います

 

生活環境を変えずに、

勉強が心配だ、と塾に入れても、

思考力を伸ばそう、とどんぐり問題をやっても、

根底はなにも変わりません

塾の種類によりますが、パターン演習中心の塾なら、

ただパターン通りできるようになっただけなのに「わかる!」と勘違いし、

実力もついていないのについたと親子して思いこんでしまい

実力がないことが発覚した時には手の打ちようがない状態になっている…というケースも多いです

だって

家庭での努力はなにもせずに、そもそも塾や学校になんとかしてもらわないと!という部分が

間違っているからです

我が子が本当に自ら学び取ろうとしているか、伸びようとしているか、

親に、わからないままだからです

 

それは、テレビに向かって笑いかける我が子が

それでも振り返って親を探したあの時に

ちょっと待っててね~とテレビの前に座らされて放っておかれることが日常だったあの頃に

おっぱいを飲みながら至福の気分で見上げると母の目はスマホを追っていたあの時に

置いてきてしまったからなのです

 

取り返すチャンスは

それでも度々訪れます

子どもの将来を本気で思うなら

子どもを勉強面で苦しめたくないなら

それだけを考えてもテレビとの付き合い方には改善が必要です

特にお父さん、おじいちゃん、おばあちゃん

昔のように

家の外に面白い遊び場がないのです

昔の子みたいに

テレビより楽しいことを

子どもはたくさん外でしているわけではないのです

だから病的に没頭してしまいます

心も、頭も、機械によって狭められて育ってしまうのです

そんなこと誰も望んでいないはずです

 

大人の努力が子どもを変えます

残念ながらこんな世の中にしてしまった大人は

子どもを守るためにさらに努力を要することになっているのです

そして、すっかり機械育児が習慣になっているご家庭の場合、

それを排除する時の拒絶反応(禁断症状)はものすごいかもしれません

そこが最大の努力のしどころでしょうか

お子さんがどこまでどっぷり機械にはまっていたかによります

お子さんじゃなく大人かもしれませんが…

 

体に良くないモノばかり食べ続けているのに

調子が悪いからと病院で薬をもらい

食生活を改善することもなくただその薬を飲んでも

悪い場所を切り取っても

根底はなにも変わりません

健康にはなれません

 

ジャンクフードや砂糖や油だらけの食卓で子どもを育て

機械育児で運動不足だからと体操教室に週1日通わせても

なにも変わりません

 

塾だって同じです

どこもかしこも呼び文句は派手で魅力的ですが

真剣に子どもを思うならそんな生易しいものでは

塾の場合特にありませんよ

 

賢く、優しく、豊かな子どもを育てたかったら

子どもにまつわる機械をひとつずつ

排除してみてください

なにも永遠になんて言ってません

子どもが永遠に子どもであるわけじゃないし

むしろ

子どもが子どもである間なんて

一瞬なんですよ

《2014年 5月27日投稿》

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