サンタクロースの部屋
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サンタクロースの部屋―子どもと本をめぐって こぐま社 1978-01 by G-Tools |
最近
やたらと町にサンタクロースが出現します
そもそも夢のあるアイディアなのだろうけど
あまりの乱発
そして
営利目的。
質の悪さも相まって辟易…
薄汚れた衣裳のやせっぽちサンタが
ひげまでつけて
不動産の看板を持って
交差点に置かれたパイプイスに
座っているのを見たときには
むすめたちに「ほら、サンタさんだよ」なんて
言う気も失せました
保育園にも
公民館にも
サンタさんはやってきて
プレゼントを配ります
それぞれに一生懸命演出してくれているのはわかるけど
サンタクロースはクリスマスイブの夜中に
みんなが寝静まった頃
トナカイにひかせたそりに乗って空からやってくるもの
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ターシャテューダー クリスマスのまえのばん ターシャ テューダー 偕成社 2000-11-27 by G-Tools |
保育園や公民館のサンタさんを
信じようとしている子どもたちには
「本物のサンタさんに頼まれてお手伝いに来た
サンタさんの親戚のおじさんサンタさんなの。
本物のサンタさんは今頃大忙しだからね。」
とかなんとか
どうしてもイブの夜のサンタさんだけが本物なんだと伝えたい…
それでもまあ
子どもはいつか
サンタクロースの正体を知ります
夜中にサンタさんが枕元に置いておくというのが
クリスチャンでもない私たちにとって
いったいどうなのか
なんていうことはともかくとして
それでもサンタクロースを信じようとする子どもと
それを温かく優しく見守る大人との間で
幸せな時間は間違いなく流れるのです
もう今の子どもたちは
ずいぶん小さい頃から現実に目覚めていて
ファンタジーのほとんどを失っています
かわいそうだな…
たぶん、すごく大事なこと
漠然とそう思いながら大人になって
この本に出会い
そうだ、そうそう、そうだったんだよ
と納得
若い頃から何度も読み返した
この本の冒頭の文章から
少し紹介します
もう数年前のことになるが、アメリカのある児童文学評論誌に、次のような一文が掲載されていた。「子どもたちは、遅かれ早かれ、サンタクロースが本当は誰かを知る。知ってしまえば、そのこと自体は他愛のないこととして片付けられてしまうだろう。しかし、幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。わたしたちは、サンタクロースその人の重要さのためでなく、サンタクロースが子どもの心に働きかけて生みだすこの能力ゆえに、サンタクロースをもっと大事にしなければいけない。」というのが、その大要であった。
この能力には、たしか「キャパシティー」という言葉が使われていた。キャパシティーは、劇場の座席数を示すときなどに使われる言葉で、収容能力を意味する。心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中にサンタクロースを収容する空間をつくりあげている。サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出て行ってしまうだろう。だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。
この空間、この収容能力、つまり目に見えないものを信じるという心の働きが、人間の精神生活の中で、どんなに重要かはいうまでもない。のちに、いちばん崇高なものを宿すかもしれぬ心の場所が、実は幼い日にサンタクロースを住まわせることによってつくられるのだ。別に、サンタクロースには限らない。魔法使いでも、妖精でも、鬼でも仙人でも、ものいう動物でも、空飛ぶ靴でも、打ち出の小槌でも、岩戸をあけるおまじないでもよい。幼い心に、これらのふしぎの住める空間をたっぷりとってやりたい。
近頃の子どもは、こざかしく、小さいときから科学的な知識をふりかざして、容易にふしぎを信じないといわれる。しかし、子どもは本来ふしぎを信じたがっているのだとわたしは思う。図書館で空想物語に読みふけり、図書館員の語る昔話に聞きいるときの子どもたちの真面目な顔つきを見ていると、それがわかる。
トリック撮影のフィルムでは、空飛ぶ主人公のうしろに、見えないはずの針金をいち早く見つけて、もっと幼い弟や妹の夢を無情に破るその同じ子が、お話の時間には、月の精のつえのひとふりで、冬の森が瞬時に春へと変わるのを、息をつめて見守るのである。本当らしく見せかけることによって作られる本当と、本当だと信じることによって生まれる本当を、子どもはそれなりに区別している。
むしろ、見えないものを信じることを恥じ、サンタクロースの話をするのは、子どもをだますことだというふうに考えるおとなが、子どもの心のふしぎの住むべき空間をつぶし、信じる能力を奪っているのではないだろうか。
タイトルの「サンタクロースの部屋」というのは
文章中に出てくる心の中の空間のことです。
近頃の…って言っても、
この本が出版されたのはちょうどわたしが物心つくころなので、
今よりはましな「近頃の子ども」だったのでしょうけど
それでもテレビやゲームの侵入はとうに済んでいた私たちの世代、
いつまでも存在を信じていた私もずいぶん
友達にバカにされたり、
さとされたりしたものです
でも
それでよかったんだ
って
いつまでも信じていてよかったんだ
って
今は心から思うのです
いたいのいたいのとんでけ!
も、
お月様がおいかけてくるねえ
も、
みんなみんな、子どもにとって大事なファンタジー
早く科学的根拠を知ることで
失われていくものが多いことを
知的な親ほど知らなかったりします
伝記や図鑑の前に
ファンタジーを楽しませておかないと
取り返しのつかないことになる
と聞いたこともあります
子どもの心の中の半分以上は
現実的ではないことでできていて
少しずつ、いやでも現実はわかってくるのだから
むしろそうでない部分を
いかに大切にあつかってやるか
それが大人の役目であるような気がします
現実問題ばかりに直面して
ファンタジーに浸かってなどいられない私たち大人が
ファンタジーのかたまりである子どもたちと日々接するときには
むしろ
畏敬の念を忘れてはいけないと思うのです
サンタクロースの部屋は
大人になってもその広さを保って
ちゃんと存在しているのだそうです
大人だって時々は
その部屋を確認して
ほっと安心できるときが必要です
かなり広く
わたしはきっと親にその空間をこしらえてもらったので
ずいぶん
楽ができた気がします
大変なことがあっても
その部屋のおかげで。
これも
からだ作りと一緒。
わたしの
親としての
使命だと思って
今年も書斎の奥に
今日の深夜枕元に置く予定の
ふたつの包みを隠しています





















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