2009.12.24

サンタクロースの部屋

サンタクロースの部屋―子どもと本をめぐって

サンタクロースの部屋―子どもと本をめぐって

松岡享子 著

こぐま社 1978-01

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最近

やたらと町にサンタクロースが出現します

そもそも夢のあるアイディアなのだろうけど

あまりの乱発

そして

営利目的。

質の悪さも相まって辟易…

薄汚れた衣裳のやせっぽちサンタが

ひげまでつけて

不動産の看板を持って

交差点に置かれたパイプイスに

座っているのを見たときには

むすめたちに「ほら、サンタさんだよ」なんて

言う気も失せました

保育園にも

公民館にも

サンタさんはやってきて

プレゼントを配ります

それぞれに一生懸命演出してくれているのはわかるけど

サンタクロースはクリスマスイブの夜中に

みんなが寝静まった頃

トナカイにひかせたそりに乗って空からやってくるもの

ターシャテューダー クリスマスのまえのばん ターシャテューダー クリスマスのまえのばん
ターシャ テューダー

偕成社 2000-11-27


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保育園や公民館のサンタさんを

信じようとしている子どもたちには

「本物のサンタさんに頼まれてお手伝いに来た

サンタさんの親戚のおじさんサンタさんなの。

本物のサンタさんは今頃大忙しだからね。」

とかなんとか

どうしてもイブの夜のサンタさんだけが本物なんだと伝えたい…

それでもまあ

子どもはいつか

サンタクロースの正体を知ります

夜中にサンタさんが枕元に置いておくというのが

クリスチャンでもない私たちにとって

いったいどうなのか

なんていうことはともかくとして

それでもサンタクロースを信じようとする子どもと

それを温かく優しく見守る大人との間で

幸せな時間は間違いなく流れるのです

もう今の子どもたちは

ずいぶん小さい頃から現実に目覚めていて

ファンタジーのほとんどを失っています

かわいそうだな…

たぶん、すごく大事なこと

漠然とそう思いながら大人になって

この本に出会い

そうだ、そうそう、そうだったんだよ

と納得

若い頃から何度も読み返した

この本の冒頭の文章から

少し紹介します

もう数年前のことになるが、アメリカのある児童文学評論誌に、次のような一文が掲載されていた。「子どもたちは、遅かれ早かれ、サンタクロースが本当は誰かを知る。知ってしまえば、そのこと自体は他愛のないこととして片付けられてしまうだろう。しかし、幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。わたしたちは、サンタクロースその人の重要さのためでなく、サンタクロースが子どもの心に働きかけて生みだすこの能力ゆえに、サンタクロースをもっと大事にしなければいけない。」というのが、その大要であった。

この能力には、たしか「キャパシティー」という言葉が使われていた。キャパシティーは、劇場の座席数を示すときなどに使われる言葉で、収容能力を意味する。心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中にサンタクロースを収容する空間をつくりあげている。サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出て行ってしまうだろう。だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。

この空間、この収容能力、つまり目に見えないものを信じるという心の働きが、人間の精神生活の中で、どんなに重要かはいうまでもない。のちに、いちばん崇高なものを宿すかもしれぬ心の場所が、実は幼い日にサンタクロースを住まわせることによってつくられるのだ。別に、サンタクロースには限らない。魔法使いでも、妖精でも、鬼でも仙人でも、ものいう動物でも、空飛ぶ靴でも、打ち出の小槌でも、岩戸をあけるおまじないでもよい。幼い心に、これらのふしぎの住める空間をたっぷりとってやりたい。

近頃の子どもは、こざかしく、小さいときから科学的な知識をふりかざして、容易にふしぎを信じないといわれる。しかし、子どもは本来ふしぎを信じたがっているのだとわたしは思う。図書館で空想物語に読みふけり、図書館員の語る昔話に聞きいるときの子どもたちの真面目な顔つきを見ていると、それがわかる。

トリック撮影のフィルムでは、空飛ぶ主人公のうしろに、見えないはずの針金をいち早く見つけて、もっと幼い弟や妹の夢を無情に破るその同じ子が、お話の時間には、月の精のつえのひとふりで、冬の森が瞬時に春へと変わるのを、息をつめて見守るのである。本当らしく見せかけることによって作られる本当と、本当だと信じることによって生まれる本当を、子どもはそれなりに区別している。

むしろ、見えないものを信じることを恥じ、サンタクロースの話をするのは、子どもをだますことだというふうに考えるおとなが、子どもの心のふしぎの住むべき空間をつぶし、信じる能力を奪っているのではないだろうか。

タイトルの「サンタクロースの部屋」というのは

文章中に出てくる心の中の空間のことです。

近頃の…って言っても、

この本が出版されたのはちょうどわたしが物心つくころなので、

今よりはましな「近頃の子ども」だったのでしょうけど

それでもテレビやゲームの侵入はとうに済んでいた私たちの世代、

いつまでも存在を信じていた私もずいぶん

友達にバカにされたり、

さとされたりしたものです

でも

それでよかったんだ

って

いつまでも信じていてよかったんだ

って

今は心から思うのです

いたいのいたいのとんでけ!

も、

お月様がおいかけてくるねえ

も、

みんなみんな、子どもにとって大事なファンタジー

早く科学的根拠を知ることで

失われていくものが多いことを

知的な親ほど知らなかったりします

伝記や図鑑の前に

ファンタジーを楽しませておかないと

取り返しのつかないことになる

と聞いたこともあります

子どもの心の中の半分以上は

現実的ではないことでできていて

少しずつ、いやでも現実はわかってくるのだから

むしろそうでない部分を

いかに大切にあつかってやるか

それが大人の役目であるような気がします

現実問題ばかりに直面して

ファンタジーに浸かってなどいられない私たち大人が

ファンタジーのかたまりである子どもたちと日々接するときには

むしろ

畏敬の念を忘れてはいけないと思うのです

サンタクロースの部屋は

大人になってもその広さを保って

ちゃんと存在しているのだそうです

大人だって時々は

その部屋を確認して

ほっと安心できるときが必要です

かなり広く

わたしはきっと親にその空間をこしらえてもらったので

ずいぶん

楽ができた気がします

大変なことがあっても

その部屋のおかげで。

これも

からだ作りと一緒。

わたしの

親としての

使命だと思って

今年も書斎の奥に

今日の深夜枕元に置く予定の

ふたつの包みを隠しています

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2009.05.09

こどもと刃物

危ないから、と大人が判断して排除していった結果

子どもたちをとりまく環境は安全に、そして味気なくスリルもなく

子どもたち自身が身を守るワザを身につけるチャンスもなく

ひ弱で想像力に乏しいかわいそうな青少年を増やす結果となりました

刃物を使わないから刃物の恐ろしさもしらず

火を使わないから火の特性も怖さも味わわず

自分の手や足の力だけで登ったり降りたりぶら下がったりする場所も遊具も

ずいぶんと減らされています

1年生になった長女に

このタイミング

と思ってまずやらせてみたのが「つめきり」です

これまでかならず私が切っていましたが

長女の手指の発達状況をみてきて

今ならしっかりと全うできるかなと感じ

任せてみましたDsc04474 最初はおっかなびっくり

小指はこわいからあとでかぁかぁがやって。

左手で切るのは難しいから右手はかぁかぁがやってね。

なんて言いながらゆっくり、ゆっくり、切りやすい爪から切っているうちに

できるかも

やってみる

こつをつかんでとうとうすべての爪をキレイに切りそろえることができました

長女が赤ちゃんの頃からその傍らで仕事をしてきました

カッターやはさみ、コンパスなど、長女には日常近くにあるもので、

わたしもふたりきりの昼間の生活の中で、

長女の発達を見ながら

絶対に手の届かないところにおくか

少し手が届くようにしておくか

さわらせるだけか

使わせてみるか

本能的に刃物など危険な道具を与えてきました

次女と比べると手指の器用さがひきたつ長女は

1歳半くらいからはさみをそれなりに使うことができ

2歳くらいでコンパスで円を描きました

定規で線を引いて表をつくったり(わたしの見よう見まねでしょう)していました

同時に、はさみの持ち方や人に渡すときの作法、

そこいらに放置しないルールなど、刃物の怖さも教えていきました

4歳になる頃には包丁で簡単な野菜なら切れるようになり

今ではみじん切りや千切りが得意でどんどんやりがたります

正直、本当に助かります

1年生になって、筆箱に入れていく5本の鉛筆を毎日チェックして

先のまるまっているものをわたしがナイフで削っています

今はそれがしたくてしょうがない様子

もうしばらく削る様子をみせておいて、

夏休み頃になったらやらせてみようかと思います

やらせてみる年齢、月齢はその子によって様々で

何歳頃これができる、などという表は当てになりません

子どもと向き合って生活していると

遊びの中で、あ、そろそろ箸が使えそうかな

とか

そろそろ水の入ったコップを運べそうかな

とか

失敗させながらも挑戦させていくことができ

それをさせることでどんどんこどもは成長していきます

他人と比べる必要もなく、焦る必要もなく、

我が子としっかり向き合ってさえいれば、

不思議とそんな変な気持ちは湧いてこないのです

現に、長女と次女は全く違うけど、

次女に対する焦りなど、まったくありません

最近、本の家のおかあさんに勧められて読んだ本

精神科医の子育て論 (新潮選書) 精神科医の子育て論 (新潮選書)
服部 祥子

新潮社 1991-07
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子どもにはその子なりの適齢期があって

それを見定めるのが親の役目だということが

よくわかります

危ないから、下手だからとやらせないでおくと

将来どういうことになるのか、ということも…

この本は自閉症児の育児を本筋に書かれていますが

健常児を育てるうえでも全く同じことがいえて

それどころか健常児だからこそ「平気、平気」と見逃されているおそれがあると

筆者は書いています

当たり前の成長なんてない

なんのために人間として生まれてきたか

放っておいて育つなんてことはないのだと思いました

そして先日夜更けまで見入ってしまった映画

『パフューム ある人殺しの物語』(2006年ドイツ)

もまた

産んだからには子どもと向き合うべき

向き合わなかったらどうなるか…

あまりにも極端な例ではあるけど

すごく感じさせられた一本でした

この映画を見てそんな風に思う人はいないのかもしれないけれど…

ただのサスペンスだから…

でも

きっとそう、テーマはそうに違いないと

わたしは感じました

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2009.04.14

ベスコフの世界

最近、長女と夢中になっているのが

エルサ・ベスコフの絵本たち

我が家にあるのは

ペレのあたらしいふく (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本) ペレのあたらしいふく (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本)
おのでら ゆりこ

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ぼうしのおうち (世界傑作絵本シリーズ・スウェーデンの絵本) ぼうしのおうち (世界傑作絵本シリーズ・スウェーデンの絵本)
Elsa Beskow ひしき あきらこ

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もりのこびとたち (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本) もりのこびとたち (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本)
おおつか ゆうぞう

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おりこうなアニカ (世界傑作絵本シリーズ・スウェーデンの絵本) おりこうなアニカ (世界傑作絵本シリーズ・スウェーデンの絵本)
Elsa Beskow いしい としこ

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Elsa Beskow 小野寺 百合子

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の5冊

どれも大好きだけど

長女の今のお気に入りは『ぼうしのおうち』

わたしはずっと『ブルーベリーもり…』にはまっています

年代によって絵がだいぶ違います(どれもとても古い本です。年代が新しそうなのは復刊の年だと思います)

こびとが出てくるのが特徴的

この5冊では『ペレ…』以外はみんなこびとが出てくるかな…

目に見えないひとたち

本当に出会ったことはないけれど

本当はいるんじゃないかな、いるのかもしれない、

いるにきまってる!って

わたしもずっと思っていたし

むすめにもそう思う時期があってほしい、

ファンタジーはいつか大きな救いになる

そう信じています

それにしても大人になって読むとぷぷっと吹き出してしまうほど

細かい描写が楽しめるベスコフの絵

読んでいる最中に毎度同じページでつい笑いがこみ上げてきてしまい

2歳の次女は

長女に読む本ではまだ楽しめないのに

わたしが笑いをこらえたり吹き出したりするのがうれしいみたいで

ときどきわざと持ってきたりします

『もりの…』ではおとうさんこびとの真似をして

蟻を相手に狩りの練習をしますが

まんまと痛い目にあって

おかあさんこびとに傷の手当てをしてもらっている

惨めなこどもこびとの姿…

『ブルーベリー…』は何ページもそんな場面があって

特に毎回こみあげてきてしまうのは

ブルーベリー森の王様が息子たちを紹介する場面

今の今までブルーベリーをむさぼり食べていました

という姿の息子たちが

無理矢理挨拶させられている場面…口の周りや服が………

あとは読んでのお楽しみ

いい絵本には大人もどきどきさせられます

決して子ども向けではないのです

文字がたくさん、より訴えられるものがある、

最近殊に思います

ところで

なんだか好きになるものに北欧系が多い

本も絵も映画も音楽も車も家も………

なぜかしら

前世は北欧にいたことがあるのかな

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2009.04.12

春の海

庭にはツクシが出てきてDsc04452

長女は1年生になりDsc04453 なんだかあわただしい毎日

春なのに

思いっきりのんびりしたい

いろんなこと、

考えなくちゃいけないこと、

とりあえず忘れられるようなところへ………

海!

春の海はどうだろう

先日、とあるきっかけで実家から借りてきて読んだら

長女の「いま」にぴったりだったこの絵本

海べのあさ (1978年) (大型絵本)
海べのあさ (1978年) (大型絵本) ロバート・マックロスキー 石井 桃子


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主人公のサリーは

歯が抜け替わるどきどきのなか

起き抜けにパンツいっちょうでまんまるお腹をまるだしで

廊下をはりきって歩いてくるいもうとがいて…

これってちぃのこと!?

マックロスキーの絵本は

『かもさんおとおり』

『サリーのこけももつみ』なども持っていますが

この『うみべのあさ』は彼がボストンの無人島で家族と暮らした経験から

長女をモデルに描いているのだそう

さて

海なし県の我が町でも

高速道路を2時間もとばせば

海辺に到着!Dsc04454_2 サーファーがいます

そして……みなさんしゃがみこんで何してるんでしょう!

しおひがり!!??

そうです、ちょうどそんな季節でした。

(『うみべのあさ』でもお父さんははまぐりを掘っていました!)

砂遊び用に持ってきた子供用のシャベルとレーキとバケツは

明日の朝ご飯の味噌汁のために

必死にしゃがみ込むわたしのためのものとなりました

Dsc04455 それにしても

やっぱり海はいいな

夏の海は苦手だけど

誰もいない秋や冬の海も好き

春の海もやさしくていいですね

水も風もまだ冷たくて

日差しだけが頼りです

ほぼ海初体験のむすめたちは

動く水に大喜び

海の歌はたくさん知っているのに

はじめて本物に触れたのです

着替えを何着も持ってきたから

自由にさせておくと

座り込んでやっぱりお砂遊びが始まりましたDsc04456 水族館も

おみやげ屋さんも

観光スポットにはどこへも行きません

次女とみちぇる氏が車で昼寝をしているあいだも

わたしとちぃは砂浜から今度は磯へ行って

いつまでも波を見て

浜できれいな石や生き物をさがしていました

いつまでも

いつまでも

そうしていられるような

一日でした

ちなみに

ちゃんとした道具も覚悟もないまま

掘っていたわたしの収獲ですが

12個

でしたよ

なかなかでしょ!

今度は本気で来ちゃうかも…

「はまぐりのスープ!」

『うみべのあさ』の最後の台詞で大喜びのむすめたちでした

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2008.07.04

そらまめくんのベッド

らでぃっしゅを始めるまで

買ったこともなかったそらまめですが

最近よく届くので

我が家の定番になりつつあります

おかげで長女も

そらまめ剝きがだいぶ上手になりました

次女も興味津々でのぞき込みますDsc02668





長女が取り出したのを

また戻したりしますDsc02670

やめてよ~

あ~でもそうか、そらまめくんのベッドだもんね

そらまめくんのベッド (こどものとも傑作集)
なかや みわ
4834016293

全部剝けたよ~Dsc02669

ありがとう

お鍋でお湯を沸かして塩を少し入れて茹でます

シンプルな塩ゆでが一番おいしいねえ

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2008.02.23

初めて借りました

Dsc01635

保育園の貸し出し本を初めて借りました

実は大人になるにつれ潔癖症の疑いが強くなったわたし

本を借りるのなんてかなり勇気が要ります

特に子どもの絵本は入眠の際布団の上で読むことが多いので

借りた本には抵抗があります

でも

大人になって虫をいやがるのや

泥をいやがるのを

否定している私(子どもの前ではね)、似たようなことだと気づきました

思えば小学校時代は6年間で膨大な図書室の本の

ほとんどを読破しました

親は絶対に買ってくれないであろう

江戸川乱歩シリーズも読破

何度も何度もこっそり借りた

伝記漫画も

裕福でなくても本とスキーにだけは

お金を惜しまなかった両親でしたが

私の子どもの頃の読書量ではおそらく破産を招いたでしょう…

たくさん買ってもらう本の他、

図書室の本にも大変お世話になったのでした

思い出したのです…

急に思い出して、

いつものように「借りたい 借りたい」とだだこねる長女に

「いいよ」

って言ったら

私の気が変わらないようにと焦ったのか

急いでこの2冊を選んできました

ごめんね、もっと早く気づいてあげれば…

長女の貸し出しのページは白紙でした

みんなぎっしり。もう年中も終わるのに…

ところで

やはり布団で読むのには抵抗があるので

布団に入る前に子供用テーブルで読んで

きちんと手を洗ってから布団に入りました…

やはりわたし、異常ですか?

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